1.録音は諸刃の剣
労使紛争を事件化するにあたり、録音は極めて重要な証拠になります。暴言等のハラスメントは、録音がなければ立証が不可能であることが多々みられます。懲戒処分に先立つ弁明の場面を録音しておくことは、処分当時の使用者側の認識や、重視していた事情を把握することに役立ちます。
そのため、事件化が予想される場合に、使用者側の言動を録音しておくことは、対応として決して間違ってはいません。
しかし、録音を証拠として活用するにあたっては、先方の発言内容だけではなく、当方の発言内容も客観的・機械的に記録されてしまうという点に注意しなければなりません。録音には、当方に不利な言動、先方に有利な言動も、そのまま記録されます。また、録音機器を準備していた事実は、使用者からの発言の不意打ち性を否定する間接事実にもなります。
録音は取扱いを誤ると、諸刃の剣にもなりかねない繊細な証拠です。近時公刊された判例集にも、こうした録音の持つ危険性が顕在化した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令3.10.28労働経済判例速報2475-26 医療法人社団A事件です。
2.医療法人社団A事件
本件は日常的なセクシュアルハラスメントを理由とする普通解雇の可否が問題となった事件です。
本件で被告になったのは、複数の診療所を経営する医療法人社団です。
原告になったのは、診療所の開設及び運営に関わる付帯業務一般に従事し、「次長」の肩書を用いて勤務していた方です。診療所の職員らに対して常態的にセクシュアルハラスメントを行ったことなどを理由に被告から解雇されたことを受け、その効力を争い、労働契約上の地位の確認等を請求したのが本件です。
本件の原告の方は、セクシュアルハラスメントに関してヒアリングを受けた時の状況を録音していましたが、その際、使用者側に迎合的な回答をしていました。
そうした録音について、裁判所は、次のような証拠評価を行いました。なお、録音が決め手になっているわけではありませんが、本件ではセクシュアルハラスメントの事実が認定され、解雇も有効と判示されています。
(裁判所の判断)
「原告は、ヒアリングの当時は、その目的を理解できず、迎合する返答をしたが、再度弁明できる機会があるからやむを得ないと考えていたのであって、本件とヒアリングにおける発言は原告の認識や記憶を正確に反映したものではない旨主張する。」
「しかし、原告はあらかじめ内密に録音準備をし、慎重な対応をして本件ヒアリングに臨んでいる上、被告代表者から、重要な話をするので録音をする旨断りを入れられ、職員からセクハラの申告があったため事実確認をする旨の説明を受けており、事務長からも、申告された原告の言動を一つずつ読み上げられたのであるから、原告は本件ヒアリングの目的や重要性を十分に理解して事情聴取に応じたものと認めるのが相当である。被告代表者が原告に再度弁明する機会を与える可能性に言及したのは事実関係の確認が一通り終わってからであると認められるのであって・・・、この点が原稿の発言に影響を及ぼしたとは認められない。」
「したがって、原告の上記主張は採用することができない。」
3.使用者側の録音もあったケースではあるが・・・
本件は使用者側にも同じ録音があったケースであり、労働者側で録音を出さないという選択肢のあった事案ではありません。
そのため、自爆事案とは評価できないのですが、裁判所の判示は録音の両面性を理解するにあたり参考になります。
録音は一歩間違うと当方にとって不利な結果を惹起してしまう可能性があります。したがって、録音を行うにあたっては、事前に録音現場での当方の発言内容を検討・計画しておく必要があります。これは非専門家の方が思いつきでできることではないため、労働事件に慣れた弁護士の関与の下で行うことが望ましいように思われます。