1.行政措置要求と「勧告」
公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。
これは、
「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」
とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。
行政措置要求があって、一定の措置をとることが必要な場合、人事院は、内閣総理大臣ほか所轄庁の長に対し、該当の措置を実行するよう「勧告」をしなければなりません。これは、国家公務員法88条の、
「人事院は、前条に規定する判定に基き、勤務条件に関し一定の措置を必要と認めるときは、その権限に属する事項については、自らこれを実行し、その他の事項については、内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長に対し、その実行を勧告しなければならない。」
との規定に基づいています。
同様の仕組みは地方公務員にも設けられており、地方公務員法48条は、
「前条に規定する要求があつたときは、人事委員会又は公平委員会は、事案について口頭審理その他の方法による審査を行い、事案を判定し、その結果に基いて、その権限に属する事項については、自らこれを実行し、その他の事項については、当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し、必要な勧告をしなければならない。」
と規定しています。
それでは、この「しなければならない」という文言に着目し、行政措置要求の棄却判定を受けた公務員が、判定の取消を請求するとともに、勧告の義務付けを請求することはできないのでしょうか?
義務付けの訴え(義務付け訴訟)とは、行政事件訴訟法3条6項で
「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう」
と定義されている訴訟類型です。
処分行政庁の判断が取り消されたとしても、それは改めて判決の趣旨に沿った対応をとらなければならないというだけで、適切な判断がなされるとは限りません。そのため、裁判所に処分行政庁に一定の処分をするように義務付けてもらう必要があるのではないかという問題意識から、こうした訴訟類型が規定されています。
ただ、裁判所が処分行政庁に代わって判断を下すという構造はイレギュラーであることから、義務付けの訴えを提起するには、一定の要件が課せられています。義務付け訴訟には、申請権の存在を前提としない非申請型と、申請権の存在を前提とする申請型とがありますが、いずれにせよ訴訟要件のハードルは決して低くはありません。
また、義務付け訴訟を提起するにあたっては、前提として「処分」が対象である必要もあります。「処分」というのは
「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうもの」(最一小判昭39.10.29最高裁判所民事判例集18巻8号1809頁参照)と定義されています。
処分の概念は難解ですが、平たくすると、
「役所の行為によって、国民に義務を課したり権利を付与したりするような、国民の権利や義務に直接具体的に影響を及ぼすことが法律的に認められているもの」
総務省|行政手続法(行政管理局が所管する行政手続・行政不服申立てに関する法律等)|行政手続法Q&A
と言うこともできます(上記は行政手続法の処分についての言及ですが、基本的に行政事件訴訟法上の処分も同概念と理解して差支えありません)。
近時公刊された判例集に、行政措置要求に伴う「勧告」の義務付け訴訟の可否が問題となった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.7.17労働判例ジャーナル152-46 大阪市・大阪府人事委員会事件です。
2.大阪市・大阪府人事委員会事件
本件で原告になったのは、大阪市福祉局で働く係長の方です。
平成30年度人事評価の是正並びにそれに伴う給与及び賞与の見直しを求め、人事委員会に措置要求を行ったところ(本件措置要求)、棄却判定を受けました。
本件は、この棄却判定(本件判定)の取消訴訟です。
本件の特徴は、棄却判定の取消に併合されて、「勧告」の義務付けの訴えも提起されているところです。
原告の方は、請求の趣旨に、
「大阪市人事委員会は、令和2年4月23日付けで受理した原告による勤務条件に関する措置の要求のうち『福祉局により措置要求者に対して行われた違法な平成30年度人事評価の是正及びそれに伴う給与並びに賞与の見直し』に基づき、大阪市長に措置の勧告を行え。」
という請求を掲げ、本件では、その適法性が問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、請求を不適法却下しました。
(裁判所の判断)
「義務付けの訴えとは、一定の場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう(行訴法3条6項柱書)。そして、同条2項の『処分』とは、公権力の主体となる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解され(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照。)、同条6項柱書にいう『処分』も、これと同義のものであると解される。」
「そうすると、原告が義務付けを求める人事委員会の大阪市長に対する勧告が上記「処分」に当たらない場合には、本件訴えのうち措置の義務付けを求める部分は、行訴法3条6項柱書にいう『処分又は裁決』に当たらないものの義務付けを求める訴えであり、不適法というほかない。」
「他方、人事委員会の大阪市長に対する勧告が上記『処分』に当たる場合には、地方公務員法46条に基づく措置の要求において求めた処分の義務付けを求める訴えは、行訴法3条6項2号の義務付けの訴え(申請型義務付け訴訟)に当たり、同法37条の3所定の本案前の要件を充足する必要があると解されるところ、上記2のとおり本件判定は取り消されるべきものとは認められないから、同条1項2号の訴訟要件を欠くこととなる。」
「したがって、人事委員会の大阪市長に対する勧告が行訴法3条6項にいう『処分』に当たるか否かにかかわらず、本件訴えのうち勧告の義務付けを求める部分は、訴訟要件を欠き不適法であるから、却下を免れない。」
3.「勧告」の義務付け訴訟は認められなかった
上述のとおり、裁判所は、勧告の義務付けの訴えの適法性を認めませんでした。
ただ、その論旨は、
処分であろうがなかろうが、結論に変わりはない、
というもので、「勧告」の法的性質にまで踏み込んだ議論はしていません。
処分に該当する場合、判定の取消が認められるようなケースでは、勧告の義務付けを請求できる可能性もあります。
「勧告」が処分なのかを含め、今後の裁判例の展開が注目されます。