弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

旅費の不正受給(詐取)で懲戒解雇の効力を争うための着眼点-他の同種処分事例との均衡が鍵になる

1.金銭的な不正行為を理由とする懲戒解雇

 会社の金銭の詐取・横領を理由とする懲戒解雇は、少額であったとしても効力が認められやすい傾向にあります。第二東京弁護士会労働問題検討委員会編著『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕221頁にも、

「横領・背任、取引先へのリベートや金銭の要求等の金銭的な不正行為、同僚や上司等に対するものなど職場での暴行は、職場規律違反として懲戒事由となる。金銭的な不法行為の事例では、額の多寡を問わず懲戒解雇のような重大な処分であっても有効性は肯定されやすい

と記述されています。

 そのため、金銭の詐取・横領等を理由とする懲戒解雇の効力を争えないかという相談に対しては、多くの場合、消極的な回答を述べざるを得ない実情にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、長期間・多数回に渡り会社から多額の金銭を詐取したにも関わらず、懲戒解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。札幌高判令3.11.17労働経済判例速報2475-3 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で被告になったのは、郵便局を設置し、郵便の業務等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、平成22年9月以降、〇支社金融営業部営業インストラクターを務めていた方です。平成27年6月12日から平成28年12月28日までの間、約100回に渡り旅費の不正請求を行い、正当な旅費との差額計54万2400円(内2万1000円分はクオカード)を受給したとして、平成30年3月22日、被告から懲戒解雇の意思表示を受けました。これに対し、懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。一審が請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

控訴人と本件服務規律違反者らのうち最も重い処分である停職3か月を受けた者とを比較すると、不正請求の期間は控訴人が約1年6か月、本件服務規律違反者が約3年6か月、不正請求の回数は控訴人が100回、本件服務規律違反者が247回、非違行為による旅費の額は控訴人が194万9014円、本件服務規律違反者が41万2550円、正当な旅費との差額は控訴人が54万2400円、本件服務規律違反者が27万6820円であり、本件服務規律違反者より担当地域の広い広域インストラクターである控訴人の方が非違行為による旅費の額や正当な旅費との差額は大きいが、不正請求に及んでいた期間や回数はむしろ少ない。

控訴人は、本件非違行為の動機や不正受給した旅費等の使途について、本来宿泊費が支給されない出張時に宿泊する際の宿泊費や訪問先の郵便局社員との懇親会あるいはその二次会などの飲食代に充てたものと説明しており、非違行為1回当たりの不正受給額が5000円程度にとどまっていることなどに照らし、この説明が不合理なものとは思われない。そして、宿泊費については、控訴人が、宿泊費が支給されない出張時に疲労や翌日の予定を考慮して宿泊していたこともうかがわれるところ、これらは全くの私用で宿泊する際の宿泊費というものではない。また、懇親会等の飲食代についても、控訴人が広域インストラクターという他の局員を指導する立場にあったこと、控訴人の出張先は広範囲に及んでおり、少なくとも控訴人が出張していた当時の慣行として、訪問先の郵便局で懇親会が多く開催されることがあったことからすれば、控訴人や訪問先の郵便局社員が全くの私的な会合として懇親会を開催していたとは考え難く、インストラクターによる指導についてその効果をより高めるためのものとして、被控訴人から具体的な指示がなかったとしても、業務の延長上という意味合いを含む会合といえるのであって、本件服務規律違反者らの過剰受給額の使途とされる『郵便局へのお茶、コーヒー、菓子等の差入代及び目標達成祝品の購入代』と同趣旨の使途に充てられたものも相当程度含まれていたと考えるのが自然である。

以上のような事情等を総合すれば、本件非違行為の態様等は、本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえる。

「被控訴人は、懲戒解雇処分とされた控訴人を含む3名の広域インストラクターと本件服務規律違反者らとでは、非違行為の態様の悪質性、その回数、被害金額、その使途、動機等において大きな差異がある旨主張する。」

「確かに、控訴人と本件服務規律違反者らとの間で相違している点はあるものの、前記・・・のとおり、控訴人の本件非違行為は、本件服務規律違反者らの行為に比して悪質性が顕著であるとか、控訴人がもっぱら自己の利益を図るために非違行為に及んだとまではいえず、控訴人と本件服務規律違反者らとの間で、非違行為の態様等において質的に異なったり大きな差異があったりするものとは認められない。」

他方、控訴人以外の広域インストラクター2名の非違行為の内容をみると、自ら懇意にしているホテル等から未記入の領収書を入手して、これに虚偽の宿泊日数や金額を記載するなどして偽造した領収書を用いて旅費請求を行うなどしたものである上、不正受給した金額は約149万円(不正請求回数57回)ないし約223万円(不正請求回数67回)、1回当たりの不正受給額も数万円程度に達している・・・など、非違行為の態様が、控訴人と比べても格段に悪質であるといわざるを得ない。

したがって、非違行為の態様等について、控訴人と本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者との間では大きな差異があるとはいえない一方で、控訴人と他の広域インストラクター2名との間では大きな差異があるといえるのであって、被控訴人の上記主張は理由がない。

「本件非違行為は、控訴人が、100回という非常に多数回にわたり、旅費の不正請求を繰り返したというもので、その不正受給額(クオカード代金を含む。)も合計約54万円にのぼっている上、控訴人が広域インストラクターという営業インストラクターの中でも特に模範となるべき立場にあったことなどを踏まえると、その非違の程度が軽いとはいえない。他方で、多数の営業インストラクターが控訴人と同様の不正受給を繰り返していたなど被控訴人の旅費支給事務に杜撰ともいえる面がみられることや、控訴人に懲戒歴がなく、営業成績は優秀で被控訴人に貢献してきたこと、本件非違行為を反省して始末書を提出し、利得額を全額返還していることなど酌むべき事情も認められる。」

「そして、前記・・・及び・・・・のとおり、本件非違行為の態様等は、本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえ、本件非違行為に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択すれば、本件非違行為に係る諸事情を踏まえても、前記停職3か月の懲戒処分を受けた者との均衡も失するといわざるを得ない。

「これらを併せ考えると、本件非違行為は、雇用関係を終了させなければならないほどの非違行為とはいえず、懲戒標準・・・『服務規律違反』の9『虚偽の申告をなしあるいは故意に届出を怠る等して、諸手当、諸給与金を不正に利得し又は利得せしめた者』のうち『基本』に該当するものとして処分を決するのが相当というべきであって、懲戒解雇を選択とすることは不合理であり、かつ相当とはいえない。」

「したがって、本件懲戒解雇は、その余の手続面等について検討するまでもなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないものであり、懲戒権を濫用するものとして無効と認められる。

3.他の同種処分事例との均衡に着目

 上述のとおり、二審は懲戒解雇の効力を否定しました。

 この判断のポイントになったのは、他の同種処分事例との均衡です。冒頭で述べたとおり、詐取、横領等の金銭的な不正行為は少額でも懲戒解雇が有効とされる事案が多いのですが、本件では他の同種処分事例との均衡を理由に懲戒解雇の効力が否定されました。このことは行為の性質が従来の裁判例との関係で懲戒解雇に値するようなものであったとしても、同種処分事案との兼ね合いによっては懲戒解雇の効力を争う余地が生じることを示しています。

 労働者側にとって他の同種事案でどのような懲戒処分がされているのかは必ずしも十分に分かるわけではありませんが、本裁判例は詐取・横領類型の懲戒解雇の効力を争うにあたり有益な視点を提供してくれる事例として参考になります。