弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

当たり!!ワインディナーwith監査役(交換不可)-この趣味の悪い企画の代償は低すぎないか?

1.職場におけるセクシュアルハラスメント

 職場におけるセクシュアルハラスメントには、

職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下「対価型セクシュアルハラスメント」という。)

と、

当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下「環境型セクシュアルハラスメント」という。)

があるとされています(事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日適用】参照)。

 完全に重複するわけではありませんが、セクシュアルハラスメントは同時に不法行為(民法709条)を構成することが多いです。

 そのため、セクシュアルハラスメントの被害を受けた方は、加害者やその使用者である会社に対し、慰謝料などを請求することができます。

 このセクシュアルハラスメントに関係する損害賠償請求事件で、近時公刊された判例集に、悪趣味な企画を実施したことによる慰謝料請求の可否や金額が議論された裁判例が掲載されていました。東京地判令2.3.3労働判例ジャーナル102-44 海外需要開拓支援機構ほか1社事件です。

2.海外需要開拓支援機構ほか1社事件

 本件で被告になったのは、株式会社海外需要開拓支援機構法という法律に基づいて設立された株式会社(被告機構 いわゆる「クールジャパン機構」のことです)とその役員ら(元専務執行役員P1、元専務取締役兼最高責任者P2、専務執行役員P3)です。

 原告になったのは、派遣会社に雇われて、被告機構で就労していた方です。

 原告の方は幾つかの請求を立てていますが、その中の一つに、悪趣味な企画に付き合わされたことによる慰謝料請求があります。

 被告P2(CIO)は、被告機構の監査役P4、P2の女性秘書、原告を含む女性従業員ら3名を参加者とする懇親会を企画、実施しました(本件懇親会)。

 その中で、被告P2は、

「当たり!!ワインディナーwith監査役(交換不可)」が2枚、

「ハズレ!!罰ゲーム 監査役に手作りプレゼント」が2枚、

「ジブリの大博覧会with CIO(交換可能)」が1枚、

「映画with CIO(交換可能)」が2枚、

「宇宙と芸術展with CIO(交換可能)」が1枚、

「ものまねエンターテイメントハウスwith CIO(交換可能)」が2枚

で構成されるくじを作り、これを原告を含む女性従業員らに引かせて行きました。

 本件では、このくじ引き等の違法性が争点の一つになりました。

 被告機構らは、

「被告P2は、P4監査役と共に、両名の仕事をサポートしていた担当秘書のP5や、P5をサポートする原告らアシスタントを慰労する目的で本件懇親会を企画したものであり、本件くじ引きもP5やアシスタントを慰労する贈り物をする目的で実施したものである。そして、被告P2は女性従業員らに対して本件くじは基本的に交換可能でありこれに記載された行先を自由に選ぶことができることなどを説明し、本件くじに「(交換可能)」と記載していたのであって、本件くじの内容は被告P2が女性従業員らと一対一で映画等に行くことを想定したものではない。現に、被告P2は、平成28年7月25日、映画等の行事に行く者が被告P2と一対一にならないように再調整を依頼した。さらに、原告は、本件懇親会の開催前、被告P2に対し、本件懇親会及び本件くじ引きを楽しみにしている旨の電子メールを送信していたし、本件懇親会中も複数の歌謡曲を歌うなど楽しんでいた。」

「本件懇親会及び本件くじ引きに性的目的はなく、女性従業員らに配慮もされており、本件懇親会の開催や本件くじ引きの実施は不法行為に当たらない。」

などと不法行為の成立を否定しました。

 しかし、裁判所は次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懇親会において実施された本件くじ引きは、参加した女性従業員らがP4監査役又は被告P2と共にくじに記載された映画等の行事に参加することやP4監査役に手作りの贈り物をすることなどを内容とするものであって・・・、これらが被告機構における業務でないことは明らかである。そして、本件くじ引きをさせた行為を客観的にみれば、くじ引きという形式をとることにより、単に映画等に誘うなどするのとは異なり、女性従業員らにおいて、その諾否について意思を示す機会がないままに本件くじに記載された内容の実現を強いられると感じてしかるべきものである。しかも、本件くじ引きを企画した被告P2は、被告機構の専務取締役であるから、派遣労働者である原告が本件くじ引き自体を拒否することは困難と感じたことは容易に推認される。」

「また、本件くじは、P4監査役と共にワインディナーに行くことを内容とするくじが『当たり』、P4監査役に対する手作りの贈り物をすることが『ハズレ』とされ、これらは『交換可能』との記載がないこと(ワインディナーは『交換不可』)からすれば、P4監査役を中心に構成されているものと評価することができ、かつ、くじを引いた女性従業員に負担が生じる内容が含まれていること・・・、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告P2は本件懇親会の前に本件くじ引きを実施する旨P4監査役に知らせていなかったことに照らせば、被告P2は、P4監査役に対する接待等を主たる目的とするいわゆるサプライズ企画として、本件くじ引きを企画したものと推認される。」

「以上によれば、被告P2が本件くじ引きをさせた行為は、P4監査役の接待等を主たる目的として、原告の意思にかかわらず業務と無関係の行事にP4監査役や被告P2と同行することなどを実質的に強制しようとするものであり、原告の人格権を侵害する違法行為というべきである。

「これに対し、被告P2の陳述書・・・及び本人尋問における供述・・・中には、被告P2は、本件懇親会を原告らアシスタントを慰労する目的で開催したものであって、本件くじ引きもアシスタントを慰労するために贈り物をすることが目的であり、本件くじ中の『with』との記載は費用負担者を明らかにするものであって、必ずしも被告P2が女性従業員らと共に映画等の行事に行くことを意味するものではなかったとの供述等がある。しかし、前記・・・認定のとおり、本件くじの内容がこれを引いた者に負担や被告P2あるいはP4監査役との同行を課するものであったことに照らせば、本件懇親会がアシスタントの慰労を目的とするものであったとは考えられない。また、本件くじに記載された『with』は『一緒に』との意味以外に解し得ないこと、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告P2は、後日、P5に対して、女性従業員が引いた本件くじの内容の報告や本件くじに記載された行事の日程調整を指示したことが認められること、被告P2は、本件くじ引きを行う旨P4監査役にあらかじめ告げていなかったこと・・・に照らせば、本件くじの『with』が『一緒に』ではなく費用負担者を明らかにする意味であったというのは不合理である。」

「次に、本件くじのうち被告P2に関するものについては『(交換可能)』と記載され・・・、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告P2は、本件懇親会の直後、P5に対して、参加者が一人となった行事について参加者が複数名になるように調整するよう指示したことが認められる。しかし、これらの事情によっても、被告P2と原告らアシスタントとの地位の違いを考慮すれば、本件くじ引きが原告らにその意思にかかわらずその内容の実現を強制するものととらえられることに何らの変わりもないというべきである。」

「さらに、仮に、原告が本件くじ引きの際に本件くじに係る行事に行きたいとの旨述べたことがあったとしても、派遣労働者である原告において専務取締役である被告P2の気分を害しないよう内心と異なる言動をとることは十分想定し得ることであるから、本件くじ引きが原告の意思に反するものでなかったとはいえない。また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件懇親会の前、上司から『セクハラの証拠写真でも撮ってきてください』との旨記載された電子メールを受信し、『承知しました(笑)くじとか準備しているようで、ぞわっとしてます。』との旨記載した電子メールを返信し、さらに、上記上司に対して本件懇親会前後の被告P2やP5とのやり取りの電子メールを転送したことが認められるが、上記電子メールのやり取りは、原告が上司に対して本件懇親会や本件くじ引きに対する嫌悪感を示したものとも解され、これをもって、直ちに、原告に被告P2を陥れる意図があったとまではいえない。」

「その他、被告P2の性的意図の有無を含め、本件くじ引きが原告の人格権を侵害する違法行為であるとの判断を左右する事情は認められない。」

「前記・・・に認定のとおり、本件くじ引きが主として接待の目的でされたもので業務と無関係な行事への参加等を実質的に強制するという内容であったことに照らせば、原告がこれにより相応の嫌悪感、屈辱感等を抱いたことは優に推認され、被告P2においても、そのことを容易に認識し又は認識し得たというべきであって、被告P2の故意又は過失は優に認められる。そして、被告P2は、本件訴訟でその違法性を争うにとどまらず、今後も同様のイベントを行う所存である旨本人尋問において供述する・・・など、この点につき反省の態度を一切示していない。他方、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件くじ引きの内容は実現されず、原告がその意思に反してP4監査役や被告P2と同行することまではなかったことが認められる。」

「以上の事情を考慮すれば、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては、5万円が相当である。

3.悪趣味な企画の代償、低すぎないか?

 最高裁が、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくない」(最一小判平27.2.26労働判例1109-5 L館事件)

との経験則を示して以来、その場での迎合が、セクシュアルハラスメント行為の問責にあたっての妨げにならないとする判断が増えつつあります。

 懇親会で迎合的な発言をしたとを、請求権を否定する事情や、被害者の落ち度として捉えなかったのは、こうした近時のトレンドに従ったものだと思います。こうした判示は、迎合的な言動をとってしまった被害者が損害賠償請求を行うにあたり、参考になるものだと思います。

 ただ、それにしても、本邦の裁判所が認定する慰謝料額は低いなと思います。この種の悪趣味な企画は、認容が予想される慰謝料額との兼ね合いから訴訟事件化しないことが多いのですが、あからさまなセクシュアルハラスメントであるにもかかわらず、法廷で、

「今後も同様のイベントを行う所存である」

と堂々と供述するといった態度までとられているというのに、その代償を5万円で済ませるのかと思うと、暗澹たる気分になります。

 確かに、違法行為の抑止が本邦の損害賠償法の体系とは合致しないことは否定しませんが、いくら何でもここまで低いと、悪趣味な懇親会企画を助長したり、被害者の泣き寝入りを増やしたりするのではないかと危機感を覚えます。