1.対価性要件の一要素-実際の時間外労働の状況との乖離
固定残業代の合意が有効といえるためには、
「時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていた」
ことが必要とされています(最一小判平30.7.19労働判例1186-5日本ケミカル事件)。
日本ケミカル事件では、「業務手当」の対価性が問題になりましたが、最高裁は「業務手当」に対価性を認め、固定残業代としての有効性を認めています。
最高裁は「業務手当」に対価性が認めらえる理由として、
「業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間・・・を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、被上告人の実際の時間外労働等の状況・・・と大きくかい離するものではない」
と判示しています。
こうした判示からすると、想定残業時間と実際の残業時間との間の乖離の大小が、固定残業代の効力を判断するにあたっての考慮要素になっていることは確かだと思います。
それでは、具体的な事件との兼ね合いで、想定残業時間と実際の残業時間との間の乖離は、どの程度に達していれば固定残業代の効力に疑義が生じてくるのでしょうか?
昨日ご紹介した名古屋高判令2.2.27労働判例1224-42 サン・サービス事件は、この問題を考えるにあたっても参考になります。
2.サン・サービス事件
本件は、いわゆる残業代を請求すする事件です。月約80時間分の割増賃金に相当する「職務手当」について、実際の時間外労働等の状況が毎月120時間を超えていたことが問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、想定労働時間と実際の労働時間との乖離を指摘し、「職務手当」は有効な固定残業代の合意ではないと判示しました。
(裁判所の判断)
「本件においては、一審被告は、一審原告と一審被告間の雇用契約書である本件提案書に、『勤務時間』として『6時30分~22時00分』と記載し、『休憩時間は現場内にて調整してください。』としていた上、前記のとおり、勤務時間管理を適切に行っていたとは認められず、一審原告は、本判決別紙1、3のとおり平成27年6月から平成28年1月まで、毎月120時間を超える時間外労働等をしており、同年2月も85時間の時間外労働等をしていたことが認められる。その上、一審被告は、担当の従業員が毎月一審原告のタイムカードをチェックしていたが、一審原告に対し、実際の時間外労働等に見合った割増賃金(残業代)を支払っていない。」
「そうすると、本件職務手当は、これを割増賃金(固定残業代)とみると、約80時間分の割増賃金(残業代)に相当するにすぎず、実際の時間外労働等と大きくかい離しているものと認められるのであって、到底、時間外労働等に対する対価とは認めることができず、また、本件店舗を含む事業場で36協定が締結されておらず、時間外労働等を命ずる根拠を欠いていることなどにも鑑み、本件職務手当は、割増賃金の基礎となる賃金から除外されないというべきである。」
3.40時間も乖離していれば十分?
裁判所は「職務手当」に固定残業代としての効力がないという結論を導くにあたり、
時間外労働等が極めて長時間に及んでいること、
実際の時間外労働に見合った割増賃金が支払われていなかったこと、
労働基準法36条1項所定の協定(三六協定)の欠如、
などの種々の事情を指摘しています。
そのため、乖離さえあれば、直ちに固定残業代の効力が否定されるわけではないのだろうと思われます。
それでも、本件は、想定労働時間と、実際の時間外労働時間との間に、どれだけの差があったら問題にされるのかを知るための手掛かりとして、留意しておくべき事案だと思います。