弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアルハラスメントを受けたら同僚でも構わないのでラインで相談を

1.同僚との間で交わされたラインメッセージがセクハラの認定の決め手になった事例

 セクシュアルハラスメントの中には、第三者の目に触れない態様で行われるものも少なくありません。こうした事案では、セクシュアルハラスメントを構成する具体的事実の存否について、被害者と加害者の供述が真っ向から対立することがあります。

 セクシュアルハラスメントを構成する具体的事実を認定する直接的な証拠がない場合、問題となっている具体的な事実を、周辺的な事実から認定できないかが検討されることになります。

 その際、同僚との間で交わされた電子メールやラインメッセージが有力な資料となることがあります。昨日紹介した東京地判令2.3.3労働判例ジャーナル102-44 海外需要開拓支援機構ほか1社事件は、セクシュアルハラスメントの認定にあたり、同僚との間で交わされたラインメッセージが決め手になっている点においても、実務上の参考になります。

2.海外需要開拓支援機構ほか1社事件

 本件で被告になったのは、株式会社海外需要開拓支援機構法という法律に基づいて設立された株式会社(被告機構 いわゆる「クールジャパン機構」のことです)とその役員ら(元専務執行役員P1、元専務取締役兼最高責任者P2、専務執行役員P3)です。

 原告になったのは、派遣会社に雇われて、被告機構で就労していた方です。

 原告の方は幾つかの請求を立てていますが、その中の一つに、被告P1から執拗に肩に手を回されたことなどを理由とする慰謝料請求があります。

 本件で原告は、

「被告P1は、平成27年7月27日、歓送迎会の二次会後、原告と六本木駅のホームで電車を待っていた約10分間、原告が被告P1の手を払いのけて何度も『やめてください』などと言って拒否したのに、執ように原告の肩に手を回すことを続け、さらに、原告と同じ電車に乗った後、約10分間、鞄を持っていない方の手で原告の手を握り、原告がこれを振りほどいても、『握手しよう』などと言って何度も原告の手を握った(本件セクハラ行為)。」

「被告P1の本件セクハラ行為は原告の人格権を侵害する違法行為であり、これにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は少なくとも400万円が相当である。」

と主張しました。

 これに対し、被告らは、

「原告と被告P1とは業務上の接点がなく挨拶をする程度の関係であったこと、駅のホームという衆人環視の中で原告主張のような行為に及べば駅員等に通報される可能性があること、六本木駅では当時4、5分間隔で頻繁に電車が行き来していたことからすれば、被告P1が駅のホームで嫌がる原告の肩に手を回すようなことをするはずがない。また、被告P1は、電車内では片手で鞄を持ちもう片方の手でつり革をつかんでいたことに加え、上記同様、衆人環視の中であることや原告とP1との関係からすれば、被告P1が電車内で原告の手を何度も握ろうとするはずがない。」

と原告の主張を真っ向から否認しました。

 双方の言い分が対立する中、裁判所は、次のとおり判示して、肩に手を回した行為の存在を認めました。

(裁判所の判断)

「原告が上記同日の午後10時50分頃から午後11時11分頃までの間にP8との間でソーシャルネットワーキングサービスである『LINE』を利用してやり取りしたメッセージである・・・として提出する送受信履歴・・・中には、次のメッセージ(判決注・鍵括弧内はいずれも原文ママ。)等のやり取りがある。」

〔P8〕(午後10時50分頃)「わかれた?」
〔P8〕「さっき、オマタまで太もも触れた」「早く連絡頂戴」「なんでもいいから、上司、部下関係なく、拒否して!」
〔原告〕(午後10時52分)「いま別れました!!!!」(中略)
〔P8〕「大丈夫?」「まじ、ありえない」
〔原告〕「もー、次の会の時は先に帰ります」(中略)
〔P8〕「P11さん、心配して、偵察行ってたよ」(中略)「反対ホームから丸見え」
〔P8〕(駅のホーム上の様子を撮影した動画ファイルを送信)
〔P8〕「むしろ」(中略)「P1専務にそそうがないように」
〔原告〕「専務(判決注・被告P2を指すと推認される。)ほんとやばいですよ」「変態」(中略)
〔P8〕「太ももから、又だよ」「普通じゃないよね」
〔原告〕「大丈夫ですか??!!もはや行きましょうか!?」
〔P8〕「大丈夫-!」
〔原告〕「わたしよりP8さん(判決注・P8を指すと推認される。)の方がやばいですよ」(中略)
〔P8〕「△△△(判決注・原告を指すと推認される。)は大丈夫だった?」「大事なところ触られなかった?」
〔原告〕「わたしは大丈夫です、肩触られたくらいです」
〔P8〕「よかった」
〔原告〕「でもほんと、経営企画から離れて良かったです。専務と遠いから...」
〔P8〕「肩も問題!」
〔原告〕(午後11時11分)「肩なんで又に比べたらどってことないですよ!!!」

上記メッセージのやり取りは、

〔1〕午後10時50分頃から午後11時11分頃までに送受信されたものとされており、上記二次会の終了時刻である午後10時過ぎ頃から間もなくやり取りされたものとして時間的に矛盾がなく、

〔2〕その内容において、P8は、直前、被告P1に太ももなどを触られたことから、向かいのホームに被告P1と一緒にいた原告の様子を見て心配し、原告に対して被告P1に体を触られなかったかを尋ね、原告は、被告P12に肩を触られただけであると答えたというものであって、前記・・・に認定した原告、被告P1、P8の当時の位置関係等と矛盾する点や事の流れとして不自然、不合理な点はなく、

〔3〕メッセージ自体を見ても、上記の出来事を前提とするやり取りの流れとして不自然、不合理な点はなく、

原告がねつ造したとの疑いが差し挟まれるような、過度に具体的あるいは不自然に詳細な内容のものはない。

以上によれば、上記メッセージのやり取りは、前記二次会終了後、原告が被告P1と中目黒駅で別れた直後にされたものと認められ、かつ、その内容が真実であることを疑わせる事情は認められない。そして、上記メッセージのやり取りの中で、P8が原告に対して『大丈夫?』とのメッセージを送信しつつ、あえてホーム上にいた原告と被告P1を動画で撮影してこれを原告に送信したこと、原告がP8に対して『わたしは大丈夫です、肩触られたくらいです』『肩なんで又に比べたらどってことないですよ!!!』とのメッセージを送信したことによれば、原告は、現に上記ホーム上で被告P1に肩を触られたものと認められる。

3.例によって慰謝料額は低いが・・・

 本件では肩に手を回そうとするなどの行為が10分間に及んだこと、電車内で手を握ったことなどの事実は認定されていません。そうしたことが影響したためか、裁判所は、

「被告P1は、派遣労働者である原告が執行役員である被告P1に対して拒否の意思を示すことは容易ではないことは明らかであるのに、原告が被告P1に対して拒否する意思を明確にしていることを意に介することなく複数回原告の肩に手を回そうとしたものであって、原告は、相応の羞恥心、強度の嫌悪感を抱いたものと推認される。他方、被告P1が接触した部位は肩というにとどまり、また、上記行為が10分間などの長時間に及んだとまでは認められない。なお、この点、前記ウに認定のとおり、原告は、P8に対し、LINEを用いて『私は大丈夫です』とのメッセージを送信しているが、その前後のやり取りからすれば、P8が太ももなどを触られたというのと比較して述べたのにすぎないことが明らかである。」

以上の事情を考慮すれば、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては、5万円が相当である。

と判示し、5万円の限度でしか慰謝料を認定しませんでした。

 例によって、慰謝料としては低額に留まっています。

 しかし、セクシュアルハラスメントの被害を受けた方の中には、金銭の多寡というよりも、裁判所によってセクシュアルハラスメントが行われた事実を認定してもらい、加害者の責任を明らかにすることに力点を置く方も少なくありません。

 冒頭で述べたとおり、閉じられた関係性のもとでセクシュアルハラスメントが行われた場合、具体的事実を認定する客観証拠が乏しく、水掛け論になってしまうことも多々あります。しかし、身近な人にでも、被害を受けた直後に、ライン等の記録に残る形で相談した事実があれば、それが事実認定の決め手になることもあります。

 精神的負荷を軽くするという意味においても、後に法的措置をとる選択を残すためにも、セクシュアルハラスメントの被害に遭った場合には、親しい同僚でも構わないので、被害から近接した時点で、記録に残るような形で相談をしておくと良いのではないかと思います。