1.「デブ」は許容されるのか?
小学校時代、「デブ」などと体系を揶揄され、からかわれている同級生がいました。からかっている側は、「デブ」は努力すれば痩せられるから揶揄しても良いのだと、理屈の良く分からない独自の見解を得意気に吹聴していました。ただ単に悪口を言う自分を正当化したいだけだろうと呆れたものですが、こうした議論は、裁判所ではどのように見られるのでしょうか?
近時公刊された判例集に、ハラスメントをした側がこうした議論を展開した裁判例が掲載されていました。東京地判令5.6.8労働判例ジャーナル143-54 ブレア事件です。
2.ブレア事件
本件で被告になったのは、
通信制学校の生徒及び通信大学の学生の補習教育等を目的とする株式会社(被告会社)
原告の上司である被告会社の通信事業部長(被告c)
の二名です。
原告になったのは、被告が設置する補習校(本件学校)で勤務していた方です。上司であった被告cからパワーハラスメント及びセクシュアルハラスメントを受けて適応障害になったと主張し、被告らに対して損害賠償を請求したのが本件です。
本件の原告は、不法行為の成否との関係で、
「被告cは、日常的に、原告について、『おばさん』、『おデブ』、『ブス』、『太っている。』等と発言した。また、被告cは、原告に再婚歴があることを前提に、『よく結婚できたな。』、『2回も結婚したからかな。』、『経験豊富』等の発言を行った。」
と主張しました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告cの言動に違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「被告cが原告に対して原告の年齢、体型及び結婚歴に関して侮辱的発言(『おばさん』、『(お)デブ』、『経験豊富』)をしたことは当事者間に争いはない。他方で、原告は、容貌に関する侮辱的発言(『ブス』)もあったと主張するが、被告らはこれを否認する。もっとも、この点に関する原告の供述(職員会議後に行った飲食店内において『ブスのぶりっ子は見るに堪えない。』と言われた。・・・)は具体的であるし、上記争いのない発言に照らして被告cの発言として不自然さもないから、信用性が高い。これに対し、被告cは、『個人の努力によって差が出る』体型への発言は許容されるが、『先天性のもの』である容貌に関する発言は許容されないという考えを持っているので、『ブス』という発言はしないように心掛けているから、言っていないと思うなどと供述しているが(c本人〔12ページ〕)、その内容自体不合理なものであって、信用性に欠ける。したがって、被告cは、原告の要望に関する侮辱的文言(『ブス』)による発言もしたことを認めることができる。そして、上記各侮辱的文言による発言は、通常、相手に精神的苦痛を生じさせるものであって、特段の事情のない限り不法行為となるものである。」
「この点について、被告らは、当該発言は、被告cと原告との良好だった関係性や、原告自身が自虐的に笑いをとるキャラであったことを背景にされたものであるから、原告に精神的苦痛を与えるものではなく、不法行為とならないなどと主張する。しかしながら、被告cと原告との関係性について、被告らが提出するメッセージのやりとり・・・を見ても、単なる上司と部下との間の通常のやりとりにすぎず、そこから侮辱的な発言が正当化されるような何らかの特殊な関係性を認めることはできない。そもそも、良好な関係性があったり、本人が自虐的に笑いをとっていたりしたとしても、それによって侮辱的な発言が正当化されるものではない。」
「したがって,原告cによる原告に対する上記各侮辱的な発言は原告に対する不法行為となる。」
3.「デブ」と言う人が「ブス」を躊躇すると考えるのは不合理だろう
裁判所は、上述のとおり、
「デブ」は許容されるから発言したが、「ブス」は許容されないから発言しなかった
とする被告cの法廷供述の信用性を否定し、
被告cは「ブス」も発言していた
と認定しました(判決文中の「c本人〔12ページ〕」というのは、被告cの当事者尋問調書の12ページに所掲の趣旨の発言が記録されているという意味です)。
常識的に考えて、「デブ」などと体型を揶揄することを躊躇しない方が、「ブス」という容姿を揶揄する言葉を躊躇するとは思えません。裁判所の認定は、妥当な判断だと思います。
本件は極端な例ですが、人を揶揄するにあたり、独自の見解のもと、悪口を言う自分を正当化しようと試みる方は、決して少なくはありません(「いじめられる側が悪い」という言説も、これに通じるものがあります)。
しかし、こうしたハラスメント・いじめを正当化する考え方が裁判所で受け入れられることはありません。私の知る限り、こうした議論に嫌悪感を抱く裁判官は多く、本件でも
「被告cの不法行為によって、原告に精神的苦痛が生じたことは明らかである。そして、被告cによる侮辱的発言は反復的に繰り返されていたものと認められ、しかも、被告らの本件訴訟における態度に照らせば、被告cにおいては何らの問題意識なく当該発言をしていたものと認められる。被告cは本件学校内で最も上位の地位にあったことも考慮すれば(原告本人〔14ページ〕)、原告は、本件学校での就労期間中、逃れる術のない精神的苦痛を受け続けていたものというべきである。この点に加え、被告cによる各行為は、原告がその後本件学校での勤務を継続することができなくなったことについて、少なくともその一因となっていることは明らかであることからすれば、原告の受けた精神的苦痛は小さくなく、その慰謝料額は50万円とするのが相当である。」
と比較的高額の慰謝料が認められています(ノートパソコンを使用中に上司から突然蓋を閉じられるといったハラスメントも加味されたものではありますが)。
以前、多数回頭を小突く・足を蹴とばすなどの身体的暴力の慰謝料が僅か5万円とされた例をご紹介しましたが、
従業員を何度となくバカと罵ることが業務の範囲を超えないとされたうえ、多数回頭を小突く・足を蹴とばすなどの身体的暴力の慰謝料が僅か5万円とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
本件における50万円との慰謝料額からは、被告cの法廷供述が裁判所を強く刺激したであろうことが想像されます。
私個人の印象ですが、裁判所は、悪いことを変な理屈をこねまわして正当化しようとする人に対して、かなり厳しいです。直観的に変だなと思う加害者側の理屈・訳の分からない加害の理論は、真に受けないことが大切です。きちんと被害を訴えて行けば、それに耳を傾けてくれる人はたくさんいます。