弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントを理由とする損害賠償請求-加害者が処分されたことは慰謝料の減算理由になるのか?

1.慰謝料額

 民法710条は、

「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」

と規定しています。

 この条文は、加害者が、財産以外の損害、いいかえると、精神的な苦痛に対しても損害賠償責任を負うことを明らかにしたものです。

 それでは、精神的な苦痛を慰謝するための賠償金の額は、どのように決められているのでしょうか?

 通説的には、

「賠償額の算定はきわめて困難であって、結局、被害者および加害者の社会的地位・職業・資産・加害者の故意もしくは過失の代償、加害行為に対する倫理的非難の程度など、諸般の事情を考量し、公平の観念に訴えて、これを判断するほかない」

「判例の積み重ねのなかから、おのずから一定の標準が看取されるということはあるが、裁判所の自由裁量に委ねられている」

と理解されています(我妻榮ほか『コンメンタール 民法 総則 物権 債権』〔日本評論社、第6版、令元〕1520-1521頁参照)。

 このように慰謝料の算定はブラックボックスになっている部分が多く、何が考慮要素になって何が考慮要素にならないのか、何が考慮要素として重視されて何が考慮要素として重視されないのかが、外部からは極めて分かりにくくなっています。

 それでは、ハラスメントを理由とする慰謝料請求にあたり、使用者が加害者を処分したことは、賠償額算定にあたっての考慮要素になるのでしょうか?

 刑事事件等に関連して損害賠償請求が行われる場合、加害者が刑事処分を受けるのだから慰謝料を減じるという判断は、あまり行われていないように思います。加害者が処分されようがされまいが、被害者が受けた精神的苦痛が変わるわけではないという考え方が背景にあるのではないかと思います。この考え方を類推すれば、ハラスメントを理由とする慰謝料請求にあたっても、加害者が処分されたからといって、それを損害賠償額の減算要素にするのはおかしいという見解が導けそうです。

 しかし、加害者が処分されれば被害者としても一定の限度で溜飲が下がり、精神的苦痛が緩和されるという理解も成り立ちそうではあります。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、札幌地判令4.8.29労働判例ジャーナル130-44 医療法人社団恵和会事件です。

2.医療法人社団恵和会事件

 本件で被告になったのは、

病院及び老人保健施設を経営する医療法人社団(被告恵和会)、

被告恵和会総務部の課長代理を務めていた方(被告C)、

被告恵和会の福祉支援サービス(医療法人社団恵和会宮の森病院の福祉支援サービスえん)に勤務していた方(被告D)

の三名です。

 原告になったのは、平成27年8月1日から被告恵和会に正社員として雇用され、被告恵和会の福祉支援サービスに配属され、勤務している方です。

介護保険の申請について介護保険法の趣旨に反する申請件数の目標を設定されたうえ、その達成を強要された、

被告C及び被告Dから人格を否定する言動をされた、

などと主張し、

被告恵和会に対しては安全配慮義務違反等を理由に、

被告C、被告Dに不法行為を理由に、

損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 加害者が処分されたことと慰謝料の算定に関係するのは、被告Cの加害行為を問題にする部分です。

 裁判所は、次のとおり被告Cに不法行為の成立を認め、その慰謝料の算定を行いました。

(裁判所の判断)

・被告Cの言動

「被告Cは、車両部のミーティングにおいて、『支援部はろくに仕事をしないやつに限ってレクやBBQに参加したがる。』「支援部のA(原告 括弧内筆者)とは口をきくな。』、『4月からガラクタ二人が恵進商事(福祉支援サービスが行っている健康教室の貸切バスの運転業務等を行っている会社 括弧内筆者)に来る。ガラクタとつるんだら契約更新しない。二人は給料が高いからこき使ってやる。』『FとAは辞めそうにないから二人には送迎と洗車だけをさせる。』などと発言しており(争いのない事実)、かかる被告Cの言動は、原告の人格権等を違法に侵害するものであるといえる。」

・損害についての判示

「被告Cの不法行為は、その内容に照らせば、原告の人格を傷つけるものといえる。」

「しかし、本人尋問における被告Cの供述によれば、被告Cは、前記発言したことを理由に総務課課長代理及び恵進商事の課長代理から降格されていることが認められ、被告恵和会は当該発言に対する処分を適切に行ったものといえるから、原告に対する慰謝は相当程度行われたものと評価できる。

「これらの事実に加え、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告Cの不法行為による慰謝料は5万円とするのが相当であり、そして、原告は本件訴訟の提起及び追行等について、弁護士に委任しているから、弁護士費用はその1割である5000円とするのが相当である。」

3.加害者の処分は慰謝料の減算理由になるとされた

 上述のとおり、裁判所は、加害者の処分を慰謝料の減算要素として位置付けました。

 ただでさえ低額に抑えられがちな慰謝料額の認定が更に低額になるのではないか、使用者側の安易な懲戒処分・不利益処分を誘発しないかが懸念されるところであり、今後の裁判例の動向が注目されます。