弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賞与の不当減額・不支給への対抗手段-慰謝料の中で考慮したと明言された例

1.賞与の不当減額・不支給にどのように対抗するか

 賞与は、

「(就業規則に)『会社の業績等を勘案して定める。』旨の定めがされているのみである場合には、賞与請求権は、労働契約上、金額が保障されているわけではなく、各時期の賞与ごとに、使用者が会社の業績等に基づき算定基準を決定して労働者に対する成績査定したとき、又は、労使で会社の業績等に基づき金額を合意したときに、初めて具体的な権利として発生する

と解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。

 そのため、賞与の不支給を法的に争うことは、決して容易ではありません。

 例えば、解雇の効力を争う訴訟において、解雇が無効であるとの判断を勝ち取った場合でも、解雇されなかったなら得られたであろう賞与の請求までは認められないのが普通です。労働契約上の地位があったとしても、査定を経ていない以上、賞与請求権は発生していないと理解されるからです。

 単純に賞与請求を行っても、権利が発生していないとして棄却されてしまうことから、近時では損害賠償請求による構成が試みられることがあります。これは公正に査定権限を行使しないという違法行為により、賞与相当額の損害を被ったという理屈です。

 しかし、損害賠償請求も、

査定が行われていない以上、賞与請求権の発生は認められない、

賞与請求権が発生していない以上、損害が認められない、

との理屈により、容易には認められない傾向にあります。

 それでは、賞与の不当な減額・不支給に対して、労働者は何ら対抗することができないのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している、札幌地判令4.8.29労働判例ジャーナル130-44 医療法人社団恵和会事件は、この問題を興味深い方法で解決しようとしています。具体的に言うと、賞与の不当減額を慰謝料の算定の中で考慮するという方法です。

2.医療法人社団恵和会事件

 本件で被告になったのは、

病院及び老人保健施設を経営する医療法人社団(被告恵和会)、

被告恵和会総務部の課長代理を務めていた方(被告C)、

被告恵和会の福祉支援サービス(医療法人社団恵和会宮の森病院の福祉支援サービスえん)に勤務していた方(被告D)

の三名です。

 原告になったのは、平成27年8月1日から被告恵和会に正社員として雇用され、被告恵和会の福祉支援サービスに配属され、勤務している方です。

介護保険の申請について介護保険法の趣旨に反する申請件数の目標を設定されたうえ、その達成を強要された、

被告C及び被告Dから人格を否定する言動をされた、

などと主張し、

被告恵和会に対しては安全配慮義務違反等を理由に、

被告C、被告Dに不法行為を理由に、

損害賠償を請求しました。

 また、原告は、恣意的な人事評価により、不当に賞与を減額されたと主張して、

主位的には労働契約に基づき、

予備的には賞与を受給する期待権侵害を理由とする不法行為に基づき、

支払われるべきであった賞与額と実際に支払われた賞与額との差額の請求も行いました。

 裁判所は、賞与の差額請求は認めませんでしたが、次のとおり述べて、賞与が不当減額された事実を、被告恵和会による安全配慮義務違反の慰謝料の金額算定において考慮するという扱いをとりました。

(裁判所の判断)

「被告Cの上記不法行為に加え、原告が被告恵和会から、介護保険の申請業務につき不合理な本件目標を設定された上、その達成を強く求められたことが、原告のうつ病発症に一定程度、影響を及ぼしたことが認められる。」

「そして、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告恵和会の安全配慮義務違反の債務不履行による慰謝料は70万円とするのが相当であり、前記のとおり、弁護士費用はその1割である7万円とするのが相当である。

「なお、原告の賞与の不当減額については、前記によれば、介護保険の申請業務等につき、不合理な取扱いを受けていたことを考慮すれば、賞与の支給額に影響がなかったとはいえない。しかし、後述のとおり、不合理な取扱いがなかった場合の賞与の金額を算定することは困難であるから、安全配慮義務違反の債務不履行による慰謝料の金額算定において、これらの事情を考慮した。

「また、原告は、被告恵和会に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をも主張しているが、同請求により認められる損害額は、上記損害額を超えるものではない。」

3.主張額に対して考慮された額は微々たるものではあるが・・・

 本件の原告は、

「人事考課点が70点以上の者については、夏期賞与につき平均基本給の1.6か月分、冬期賞与につき2.6か月分、決算賞与につき0.8か月分をそれぞれ支給し、70点未満の者は人事考課点により比率支給となることが原告と被告恵和会との間の労働契約の内容となっていたのであり、少なくとも労使慣行となっていたというべきである。」

「そして、原告は平成26年の入職から平成29年度の決算賞与までは、ほぼ人事考課点が70点の支給率であったこと、他の職員は令和元年度夏期以降の賞与につき、ほぼ人事考課点が70点以上の支給率で賞与を支給されていることからすれば、人事考課点70点に応じた賞与請求権を有するというべきであり、次の差額分につき請求できる。」

と主張し、

令和元年度夏期 28万4935円

令和元年度冬期 52万8580円

令和元年度決算 14万9726円

令和2年度夏期 32万7840円

令和2年度冬期 53万5600円

令和2年度決算 15万5451円

令和3年度夏期 33万1360円

令和3年度冬期 54万1320円

の差額賞与を請求しました。

 原告の請求額との対比でみると、慰謝料額の算定において考慮されていると言っても、増額要素としてのインパクトは、微々たるものであるように思われます。

 それでも、従来、何の救済方法も与えられてこなかった問題について、賞与の不当減額が慰謝料の枠内で考慮されると明言した点は注目に値します。

 賞与の不当減額、不支給を問題にする場合、今後は、この裁判例を根拠に、

慰謝料請求を行う、

他の慰謝料請求における金額の増額要素として主張する、

などの対応をとることが考えられます。