1.賞与の不当減額・不支給にどのように対抗するか
賞与は、
「(就業規則に)『会社の業績等を勘案して定める。』旨の定めがされているのみである場合には、賞与請求権は、労働契約上、金額が保障されているわけではなく、各時期の賞与ごとに、使用者が会社の業績等に基づき算定基準を決定して労働者に対する成績査定したとき、又は、労使で会社の業績等に基づき金額を合意したときに、初めて具体的な権利として発生する」
と解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。
そのため、賞与の不支給を法的に争うことは、決して容易ではありません。
例えば、解雇の効力を争う訴訟において、解雇が無効であるとの判断を勝ち取った場合でも、解雇されなかったなら得られたであろう賞与の請求までは認められないのが普通です。労働契約上の地位があったとしても、査定を経ていない以上、賞与請求権は発生していないと理解されるからです。
単純に賞与請求を行っても、権利が発生していないとして棄却されてしまうことから、近時では損害賠償請求による構成が試みられることがあります。これは公正に査定権限を行使しないという違法行為により、賞与相当額の損害を被ったという理屈です。
しかし、損害賠償請求も、
査定が行われていない以上、賞与請求権の発生は認められない、
賞与請求権が発生していない以上、損害が認められない、
との理屈により、容易には認められない傾向にあります。
このように賞与の不支給や減額の効力を争うのは、実務上、高いハードルがあるのですが、近時公刊された判例集に、賞与にあたっての人事評価に不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件です。
2.医療法人みどり会事件
被告になったのは、介護老人保健施設等を経営する医療法人です。
原告になったのは、雇用契約を交わしたうえ、被告の経営する介護老人保健施設で看護師として勤務していた方です。
本件はいわゆる残業代請求事件ではあるのですが、これに加え、原告の方は賞与の減額を不法行為だと構成して損害賠償も請求していました。
本日の記事で焦点を当てたいのは、この賞与に関する損害賠償請求です。
原告の方は、次のとおり述べて、損害賠償を請求しました。
(原告の主張)
「被告における賞与は、基本給に一定の支給率(令和3年度上半期は1.33,下半期は2.3)を乗じた額を基準に、勤務状況等を『SS』から『E』までの7段階に評価し、SSだと5万円が加算され、Eだと2万円が減額される仕組みとなっていた。」
「被告は、原告が被告における労働環境の法令違反について改善を求めたことの報復目的で『E』評価にした。原告は、令和3年3月19日、労働基準監督署に労基法違反を申告したところ、被告のq3事務長は原告に対して退職勧奨を行い、その後、賞与において最低評価をされるようになった。被告は、原告が協調性に欠ける旨などを主張しているが、これらは令和3年になるまで指摘されたことはないし、被告が令和3年度の賞与の算定に当たって作成した賞与評価表・・・のどの項目についてどのように評価した旨を主張するものかも明らかでない。」
「令和3年度上半期及び下半期の賞与それぞれについて、減額額である各2万円の損害を被った。」
これに対し、被告は、次のとおり反論しました。
(被告の主張)
「賞与における査定は使用者の裁量的判断に委ねられる。原告には、認知症の利用者に対して理詰めで話をする、業務時間中に私的な文書を作成する、上司の業務命令に従わないことを宣言する、自身の仕事のやり方に拘泥して他の意見に耳を貸さないため、複数の従業員から一緒に働きたくないとの意見が寄せられる、といった事実があり、『E』評価となったものである。」
このように双方の主張が対立する中、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。
(裁判所の判断)
・不法行為の成否
「前記認定事実によれば、原告に対しては、賞与の支給に当たっての人事評価表において、令和2年まで、評価者から特段のコメントが付されることはなく、基準額から減額されたこともなかったのに対し・・・、令和3年度上半期及び下半期は、他の職員への悪影響や協調性不足を理由に、本件施設では唯一、二次評価において最低評価の『E』と評価されたことが認められる・・・。」
「そこで検討すると、原告への評価に関する被告の主張・・・を基礎付ける具体的な事実関係を認めるに足りる的確な証拠はないし、これと賞与評価表上の記載・・・が対応するとも認められない。原告は、平成26年4月1日から本件施設において介護職員として勤務をしていたところ、令和3年度において、上司や同僚といった他の職員との間で具体的なトラブルを生じさせたとか、利用者に対する事故を生じさせたなど、この期間中に、被告の事業に支障を生じさせたことを認めるに足りる的確な証拠はない。原告は、令和3年3月19日、北大阪労働基準監督署に対し、被告の労基法違反について申告をしたことが認められるが・・・、これを他の職員への悪影響や協調性不足の理由とすることはできないことは明らかである。」
「以上によれば、賞与に当たっての人事評価には、使用者である被告に広い裁量が認められることを考慮しても、本件における主張立証の状況に照らせば、令和3年度上半期及び下半期の賞与の支給に当たっての人事評価は著しく合理性を欠くものであり、人事権を濫用し、原告の賞与を受ける権利を侵害するものとして、不法行為が成立するものと認めるのが相当である。」
・損害額
「被告では、賞与において、人事考課に基づいて基準額から増減額させる仕組みが採られていたこと及び原告は、平成26年から令和2年まで、賞与について基準額から減額されたことがなかったこと・・・に照らせば、原告は、前記・・・の不法行為がなければ、当該賞与について、少なくとも基準額から減額されることのない額が支給されたものと認めるのが相当である。」
「よって、原告は、令和3年度上半期及び下半期の賞与のそれぞれについて、各2万円の損害を被ったものと認められる。」
3.基準額が定められていたケースではあるが・・・
本件は労働者の賞与が使用者のフリーハンドに委ねられていた事案ではありません。
基本給に一定の支給率を乗じた額
が基準として定められていて、成績の良し悪しは基準額からの上振れ/下振れに影響するものと位置付けられていました。
そのため、フリーハンド型の賞与の不支給・減額支給にまで適用できるかという問題はありますが、マイナス評価の理由となる事実を具体的に認定できなければ、人事評価が著しく合理性を欠くものとして、人事権濫用の誹りを受けることになるという判断の構造は応用の幅が大きいように思います。
また、過去の支給成績をみながら基準額との差額を損害として把握しているところも注目に値します。賞与の不支給・減額の効力を争うにあたってのハードルの一つに金額設定をどうするのかなのですが、この損害の構成の仕方は興味深く思います。これが可能なのであれば、フリーハンド型の賞与においても平均値や中央値と過去の支給成績とを比較しながら損害を構成することができるかも知れません。
本件の場合、金額は少ないですが、裁判所の判断は、賞与請求の問題に取り組んで行くにあたり、実務上参考になります。