弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

求人情報に「賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)」「創業以来、毎年欠かさず支給中です!」と書かれていても賞与請求が否定された例

1.賞与を具体的な権利として請求するためには・・・

 「会社の業績等を勘案して定める」といったように具体的な金額が保障されていない賞与は、算定基準の決定や労働者に対する成績査定が行われて具体的な金額が明らかにならない限り請求することができないと理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。

 そのため、解雇された労働者が、バックペイ(賃金)に加えて賞与まで請求する場合、しばしば「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかが問題になります。

 この「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかとの関係で、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.7.14労働判例ジャーナル144-34 新日本技術事件です。

2.新日本技術事件

 本件で被告になったのは、建築意匠の制作、建築構造設計、空調衛生・電気設備、情報通信、機械プラント、機械、土木工事の設計・監理・積算、管理・施工図の作成等を目的とする株式会社です。被告は、技術部に属する100人余りの人員を派遣先企業に在席させ、主として施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務等に従事させて収益を得ており、営業部は、新規の派遣先企業を開拓したり、技術者派遣に関する依頼を受け、条件交渉を行うなどの営業事務を行っていました。

 原告になったのは、自動車修理、配送、営業等の職を歴任した後、ケーブルテレビの加入促進業務の受託等を目的とする株式会社の代表取締役を経験し、その後、会社を解散してタクシー運転手として働いていた方です。令和2年12月頃、被告の代表取締役であるBとその妻を乗車させた後、令和3年2月16日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結しました。

 被告への入社後、原告は営業職として勤務していましたが、令和3年6月11日、同月15日付けで技術部に配置転換することを命じられました(本件配置転換命令)。

 その後、配置転換の効力を争い、技術部に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求める訴訟を提起しましたが(本件訴訟)、配置転換命令に従わず欠勤していることや訴訟を提起したことを理由に懲戒解雇を受けました。これを受けて、地位確認等の請求を追加したのが本件です。

 本件の原告は、地位確認請求に併合して、賃金請求だけでなく、賞与請求まで行いました。賞与請求まで行ったのは、

「インターネット上の求人情報において、『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ヶ月分)』と記載」

されていたことなどが根拠とされています。

 しかし、本件雇用契約において

「夏・冬期 年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)」

と定められていたり、就業規則に、

「賞与は、原則として年2回、会社の業績と社員の勤務成績を勘案して支給する。但し業績の悪化等の経営状況により支給しないことがある」

と書かれていたりしたことなどから、懲戒解雇が無効であったとしても、賃金に加え賞与請求まで可能なのかが問題になりました。

 裁判所は、懲戒解雇を無効だと判示し、賃金請求を認めましたが、次のとおり述べて、賞与請求を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件雇用契約において、毎年7月と12月に給与の2か月分に相当する48万円の賞与を支払う旨を合意したと主張する。そして、原告も、本件雇用契約に先立ち、年収550万円を下回らない水準にしてほしいと伝えた旨を供述する・・・。」

被告は、求人情報において、賞与について『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』等と記載していたものと認めることができるのであり・・・、被告において継続的に賞与を支払っていたことは否定し難い。

しかしながら、本件雇用契約においては、賞与について『夏・冬期年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)』と定め、就業規則及び賃金規定においても、賞与は、原則として年2回支給するものの、具体的な賞与支給日は都度に定められ、具体的な金額も会社の業績と社員の勤務成績を勘案するものとされるにとどまり、算定基準は定められておらず、業績の悪化等の経営状況により支給しないことがあると定められていたにとどまるものと認めることができる・・・。

以上によると、本件雇用契約における賞与は、上記求人情報にかかわらず、それを支給するか否か、いくら支給するかがもっぱら被告の裁量に委ねられていたといわざるを得ず、具体的な権利として発生することはなく、これを請求することはできない。

3.求人情報はあてにあらない

 一般論として「求人ないし募集は申込みの誘引にすぎず、契約申込みではない」(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』30頁参照)と理解されています。

 そうしたこともあり、雇用契約書や就業規則に不確定的な文言が記載されている場合、求人広告や募集広告に魅力的な言葉が書かれていたとしても、雇用契約書や就業競うの文言と矛盾する関係にある場合、求人や募集時の文言を具体的な労働条件として認めてもらうのは困難です。

 これこそ求人詐欺の温床になっているとも思うのですが、裁判所の考え方は上述したとおりです。求人や募集はあてにならない-労働者としては、そう考えて自衛しておく必要があります。