弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則にない勤務時間区分を使って1か月単位変形労働時間制の効力が否定された例

1.1か月単位の変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる」

と規定しています。これを「1か月単位の変形労働時間制」といいます。

 この変形労働時間制の適用にあたり、しばしば問題になるのが、就業規則に記載されていないシフトパターンが用いられている場合です。大規模な企業では多数のシフトパターンが存在し、その全てを就業規則に記載するのは大変です。また、過半数代表者からの意見聴取など重たい手続が必要になるため(労働基準法90条1項等参照)、就業規則の変更は、手軽にできるものでもありません。

 そのため、就業規則上でシフトパターンを網羅することは非現実的であるという主張が使用者側から出されることがあります。

 比較的最近の裁判例である名古屋地判令4.10.26労働経済判例速報2506ー3 日本マクドナルド事件は、

「被告は就業規則において各勤務シフトにおける各日の始業時刻、終業時刻及び休憩時間について『原則として』4つの勤務シフトの組合せを規定しているが、かかる定めは就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すものである。そして、現に原告が勤務していた◇◇店においては店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されている・・・ことに照らすと、被告が就業規則により各日、各週の労働時間を具体的に特定したものとはいえず、同法32条の2の『特定された週』又は『特定された日』の要件を充足するものではない。」

と判示し、就業規則に記載されていない勤務シフトを用いた変形労働時間制の効力を否定しました。

就業規則に記載されていない勤務シフトを用いている変形労働時間制は有効か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 また、東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50労働経済判例速報2549-24 大成事件も、

「時期によって変わる、多数のシフトパターンの組み合わせにより勤務表が作成されており、就業規則とは全く一致していない。」

と述べて、就業規則と一致しない勤務シフトパターンを用いていた1か月単位の変形労働時間制の効力を否定しました。

1か月単位の変形労働時間制-就業規則上に完全なシフトを記載することは困難・シフトパターンを変更する都度就業規則を変更するのは非現実的との主張が排斥された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、この系譜に連なる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件です。

2.医療法人みどり会事件

 本件はいわゆる残業代請求訴訟です。

 被告になったのは、介護老人保健施設等を経営する医療法人です。

 原告になったのは、雇用契約を交わしたうえ、被告の経営する介護老人保健施設で看護師として勤務していた方です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、1か月単位の変形労働時間制の効力がありました。

 本件の原告は、

「就業規則には変形労働時間制を採用することや勤務割の作成手続についての規定が一応あり、第1組から第3組及び介護・夜勤の勤務種別が規定されているが、その組合せ方に関する考え方が定められておらず、基本的事項が就業規則に定められているとはいえない。また、実際に指定されるシフトは就業規則の勤務種別とは異なるものであり、『勤務組の交替は原則として1週間』とする定め(就業規則21条3項)も実行されておらず、就業規則の定める変形労働時間制が実行されていない。」

と主張して変形労働時間制の効力を争いました。

 これに対し、被告は、

「確かに、就業規則において具体的なシフトの組合せは定められていないが、実際には、特定のシフトに偏りが生じないような配慮がされ、各人の休暇に対する希望を反映してシフトが作成されていたから、労働者がその日又は週の労働時間を予測することができる状況にあり、基本的事項が就業規則等で定められており、変形労働時間制は有効である。」

と反論しました。

 こうした双方の主張を受け、裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・によれば、被告の就業規則には、1か月単位の変形労働時間制を採用する旨の記載がある。」

「しかし、実際の勤務割表で指定されていた勤務時間の区分は、就業規則記載のもののほかに9時から18時も存在し(認定事実(3)。勤務割表(乙6)における『76 サテライト日勤』(乙11)。)、この区分も多く指定されていたことが認められる(乙6)。また、就業規則では、勤務組を1週間ごとに交代する旨が記載されているだけで、各勤務の組合せに関する考え方は定めがない上に、現に勤務組を1週間ごとに交代するような勤務割表が作成されていたものとも認められない(乙6)。」

「すると、被告の就業規則において、被告が実際に作成した勤務割表の労働時間に対応する各日・各週の労働時間の特定がされているとは認められず、当該変形労働時間制は、労基法32条の2第1項所定の要件を欠くものといわざるを得ない。よって、同条第1項所定の、同法32条の時間を超えて労働させることができる旨の効果が生ずるものとも認められない。

3.日本マクドナルド事件以降、裁判例の流れは決したか?

 本件によって、就業規則にないシフトパターン・勤務時間区分を用いて変形労働時間制の効力が否定された裁判例が、東京地裁、大阪地裁、名古屋地裁のそれぞれで言い渡されたことになります。

 日本マクドナルド事件が公表された時、相応の議論がありましたが、就業規則にないシフトパターン・勤務時間区分で変形労働時間制を運用することの適否について、裁判例の趨勢は決したように思います。

 変形労働時間制の適用に疑問を感じている方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いだろうと思います。もちろん、当事務所でも相談はお受けしています。