弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員に研究室を利用させることが、大学当局の負う労働契約上の付随義務であるとされた例

1.施設管理権

 通常、労働者は、企業が所有、管理している物的施設を利用することについて、権利性を有しているわけではありません。このことは、最三小判昭52.12.13労働判例329-12国労札幌支部事件が、

「企業に雇用されている労働者は、企業の所有し管理する物的施設の利用をあらかじめ許容されている場合が少なくない。しかしながら、この許容が、特段の合意があるのでない限り、雇用契約の趣旨に従つて労務を提供するために必要な範囲において、かつ、定められた企業秩序に服する態様において利用するという限度にとどまるものであることは、事理に照らして当然であり、したがつて、当該労働者に対し右の範囲をこえ又は右と異なる態様においてそれを利用しうる権限を付与するものということはできない。」

と判示しているとおりです。

 しかし、大学教授に関しては、話が少し違ってきます。大学教授は就労請求権が認められやすい職業の一つであり、研究室の利用についても一定の権利性が認められることがあります。以前、

大学教員の解雇・雇止めの派生紛争-大学研究室の占有は誰のものか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きましたが、記事の中で紹介した、大阪高判令5.1.26労働経済判例速報2510-9学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件は、雇止めにした専任講師が研究室内に残置されていた動産類を撤去し、鍵を取り替えるという措置に出た大学当局の対応を違法だと判示しました。

 この研究室利用の権利性との関係で、近時公刊された判例集にも、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。山口地下関支判令5.7.18労働判例1308-62 学校法人梅光学院(研究室設置)事件です。何が興味深いのかというと、大学教員に研究室を利用させることを、大学当局が負う労働契約上の付随義務として位置付けたことです。

2.学校法人梅光学院(研究室設置)事件

 本件で被告になったのは、梅光学院大学(被告大学)を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告大学の専任教員として働いていた方複数名です。新校舎の建設の際に適切な構造・設備の整った研究室が設置されなかったことにより、研究室を利用する権利ないし利益が違法に侵害されたと主張して、損害賠償を請求したのが本件です。

 被告は、

「原告らが主張する就労請求権としての研究室利用権や職場環境の配慮を求める権利としての研究室利用権を肯定することはできず、また、研究室を利用することについて法律上保護されるべき利益があるともいえない。」

と主張し、被侵害利益の存在を争いました。

 裁判所は、結論としては、原告らの請求を棄却したものの、次のとおり述べて、原告らに大学の研究室を利用させることは被告の雇用契約上の付随義務であると判示しました。

(裁判所の判断)

原告らは、被告大学の専任教員である教授ないし准教授等として、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する立場にある者であり、被告との間の雇用契約における主たる業務内容は、研究教育活動である・・・。そして、大学においては、学校教育法3条に基づいて文部科学省が定めた大学設置基準により、その所属する専任教員に対して、研究室を備えることが求められていること・・・も併せ考えれば、原告らと被告との間の雇用契約においては、被告が原告らに被告大学の研究室を利用させることが、被告の付随義務となっていると解される。

「原告らは、前記の被告の付随義務に係る研究室について、個室であるか、少なくとも、専任教員が研究・教育業務を行うスペースがその他のスペースとは明確に区別されて学生や学外の者が自由に立ち入ることができない構造となっていて、個々の専任教員が研究・教育業務を行っていくために必要な広さを備えている等、その構造・設備の面から、利用する研究者の研究の分野、内容及び方法等を踏まえた上で、研究執務に専念できるとともに、オフィスアワーに適切に対応できるなど、学生の教育上の観点からも適切な環境が確保されたものである必要がある旨を主張する。しかしながら、大学における研究室の面積、利用形態、設備等については具体的な定めや基準が存在しないことは、前記前提事実のとおりであるところ、①研究室について、その用途や必要な設備は、利用する教員の研究内容によって種々多様である上、②私立の学校法人においては、どのような研究室を設置するかの決定に際し、予算、既存設備、敷地、学生数、教員数、経営戦略、教育方針等、多岐にわたる要素を考慮する必要があることを併せ考えると、被告は、前記の付随義務の履行として、どのような研究室を設置し、どのように教員に割り当てて利用させるかについて、相当に広い裁量を有していると解するのが相当である。

「そうすると、原告ら被告大学の専任教員が、被告との間の専任教員としての雇用契約に基づいて、前記のような原告らが求める水準の研究室を利用することについての法律上保護された権利又は利益を有しているとは解し難い。そして、被告は、学生が主体的に学べるよう、教員と職員が一体となって学生を育てるという教育方針を掲げ、そのような教育方針に基づいて、自由な発想で設備を利用でき、『インスタ映え』するとともに、学生と教員とが交流しやすい空間となるよう、本件共同研究室を含む本件校舎を設置したことは前記認定事実のとおりであるところ、そのようなコンセプトを優先するために、原告らの専任教員としての研究業務及び教育業務に一定の支障が生じたとしても、それらの支障が、前記の被告の裁量を逸脱すると評価できるほどに大きなものでない限り、原告らの被告大学において研究室を利用する権利ないし利益を侵害したことにはならないと解さざるを得ない。

3.研究室を奪うことを否定した意義は大きいと思われる

 本件は校舎の立替に伴う個人研究室⇒フリーアドレスオフィス方式の共同研究室への変更事案であったこともあり、大学当局の広範な裁量に吞まれて大学教授側が敗訴してしまいました。

 しかし、研究室利用の権利性が問題になる事案は、こうした事案ばかりではありません。与えていた研究室を剥奪するという事件類型も存在します。今回、研究室利用に権利性(大学当局の義務性)が認められたことは、大学教員側で研究室を剥奪・追われる類型の事件を処理するにあたり、大きな意義を有しているように思われます。

 研究室を奪われるという問題は、私自身も散発的に相談を受けたことがあり、本裁判例は実務上参考になります。