弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の公募-不合格者は団体交渉で採用選考過程や評価についての情報開示や説明を求められないか?

1.大学教員の公募は出来レースか?

 大学教員の公募に関しては、採用選考が適切に行われていないのではないかという懸念を抱く方が少なくありません。例えば、公募と銘打ってはいるものの、誰を採用するのかは既に決まっていたのではないかといったようにです。

 それでは、採用選考過程に疑義がある場合、不合格者は大学に対して採用選考過程や自身への評価についての情報開示や説明を求めることができないのでしょうか?

 昨日、応募者個人の権利性という観点からのアプローチが奏功しなかったことをお話しました。

 しかし、労働者が使用者に対して情報開示や説明を求める手段は、個別労働関係紛争の枠組に限られるわけではありません。労働組合を通じ、団体交渉によって情報開示や説明を求めることも考えられます。使用者には誠実交渉義務があるところ、誠実交渉義務の中には、

会見(交渉)の場で、単に労働組合の要求や主張を聴くだけでなく、その要求・主張の程度に応じて使用者としての回答や主張を行う義務

必要に応じて自らの回答や主張の論拠を示し、必要な資料を提示するなどして、相手方の理解と納得が得られるよう誠意をもって交渉する義務

が含まれると理解されているからです(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕1079頁参照)。

 こうした誠実交渉義務を手掛かりとして、労働組合を通じ、採用選考過程や評価についての情報開示や説明を求めて行くことはできないのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判例4.5.12労働判例ジャーナル129-48 学校法人早稲田大学事件は、この論点を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人早稲田大学事件

 本件で被告になったのは、早稲田大学等を設置している学校法人です。

 原告になったのは、中国政治及び中国社会論を研究分野とする政治学者の方(原告A)と、その方が加入している労働組合(原告組合)です。

 被告は、

〔1〕原則として博士学位を有すること、

〔2〕博士学位取得後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の修士課程及び博士後期課程の研究指導、講義科目を担当できるに十分な期間の研究教育上の経験及び実績を有すること、

〔3〕博士後期課程で研究指導を担当できるに十分な質及び量の研究実績を有すること(具体的には、邦文又は英文による既刊研究論文7本以上の研究業績を有し、うち少なくとも3本は評価の高い学術誌に掲載された査読付き論文であること)、

〔4〕日本語及び英語の両方で授業を担当できること、

〔5〕科学研究費補助金など競争的外部研究資金を代表者として獲得した実績、又は同等の優れた職務経験を有すること、

〔6〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターなどの業務運営の諸役職・委員等を、責任をもって遂行できること、

〔7〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターの研究・教育活動に貢献できること」

との採用条件を掲げ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科専任教員を公募しました(本件公募)。

 原告Aは本件公募に応募しましたが、書類審査で不合格となり、面接審査に進むこともできませんでした。

 選考過程の公正さに疑念をもった原告Aは、自分の応募が選考過程でどのように審査されたのか等の情報開示を求めました。

 これを被告から断られると、今度は労働組合に加入し、団体交渉の中で同様の情報を得ようとしました。

 しかし、被告は

「本件公募の選考過程に関する情報・・・については、団体交渉に応じる義務はない。」

として団体交渉を拒否しました。

 こうした経過のもと、原告Aが慰謝料(説明義務違反等)の支払いを請求すると同時に、原告組合も違法な団体交渉拒否(団交拒否)により団体交渉権を侵害されたとして無形損害の賠償を求める訴えを提起しました。

 原告A個人の請求が棄却されたことは昨日述べたとおりですが、裁判所は、次のとおり述べて、原告組合の請求も棄却しました。

(裁判所の判断)

「労働組合法7条2号は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなく拒むことを不当労働行為として禁止しているところ、これは、使用者に対して労働者の団体の代表者との交渉を義務付けることにより、労働条件等に関する問題について労働者の団結力を背景とした交渉力を強化し、労使対等の立場で行う自主的交渉による解決を促進し、もって労働者の団体交渉権(憲法28条)を実質的に保障しようとするものと解される。このような労働組合法7条2号の趣旨に照らすと、義務的団体交渉事項とは、団体交渉を申入れた労働者の団体の構成員である労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものをいうものと解するのが相当である。」

「これを本件についてみると、前記前提事実・・・によれば、被告は、原告組合が被告に対して団体交渉を申し入れた平成30年11月当時、原告Aを非常勤講師として雇用していたことが認められるから、当時、原告Aの労働組合法上の使用者であったことが認められる。しかしながら、原告Aは、被告から非常勤講師として雇用されていたものであり、また、被告には原告Aに対する本件情報開示・説明義務が認められないことは前記1で説示したとおりであるから、専任教員に係る本件公募の選考過程は、原告Aと被告との間の労働契約上の労働条件その他の待遇には当たらない。したがって、別紙1記載の各事項は義務的団体交渉事項には当たらないから、原告組合が被告に対して別紙1記載の各事項について団体交渉を求める地位にあるとはいえず、また、被告が別紙1記載の各事項について団体交渉に応じなかったことは、原告組合に対する不法行為を構成するものではない。

参考:(別紙1)団体交渉事項目録

1 研究科専任教員採用人事内規の開示

2 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科が平成28年1月に行った専任教員の公募(以下「本件公募」という。)につき「研究科運営委員会の定めた手続」資料の開示及び説明

3 本件公募手続における原告Aに対する評価の開示及び説明

4 原告Aが採用面接に至らなかった理由の開示及び説明

5 上記評価の根拠となった資料の開示

6 本件公募手続への前任者の関与の有無

7 本件公募から採用に至る過程に対する事後的検証の有無、方法、内容

8 採用審査の過程で開催された運営委員会の議事録の開示

3.義務的団交事項ではないとされた

 義務的団交事項とは、

「労働組合が団体交渉を申し入れた場合、使用者が団体高所うを行うことを法的に義務付けられる・・・事項」

をいいます(前掲『詳解 労働法』1072頁)。

 その外延は必ずしも明確ではありませんが、本件の裁判所は、義務的団交事項ではないからとの理由で団交を拒否したことは不法行為にはあたらないと判示しました。

 しかし、一般論として

「個々の労働者の採用・・・についても、日本では義務的団交事項に該当する」(前掲『詳解 労働法 1072-1073頁参照)。

と解釈されているなど、採用に関係することだれば直ちに要求を拒否してもよいということなのだと思われます。

 結論に疑義はあるし、残念な判断ではありますが、本裁判例は集団的労使紛争の限界を考えるうえで参考になります。