弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働組合に対して情報提供するにあたり、インターネット掲載の対象からの秘密情報の除外や匿名化を要求すべき注意義務

1.労働組合への情報提供

 何か特殊な事情でもない限り、弁護士は、自分が受任している事件に関する情報を不特定多数の第三者に公開することはありません。法令上の守秘義務があることもさることながら(弁護士法23条)、主張や供述の変遷を指摘されたり、相手方が感情的になって和解しにくくなったりすることを防ぐためです。

 しかし、労働組合は自身の活動を積極的に広報していることが少なくありません。これは、組合の活動に興味を持ってもらったり、組合の役割をアピールしたり、世論の共感を得て交渉力を高めたりするためです。

 紛争に対する取り組み方の違いから、弁護士と労働組合には上述のような差異があるのですが、近時公刊された判例集に、労働組合に秘密情報を提供するにあたり、労働者に公表事項からの除外や匿名化を要求すべき注意義務があると判示した裁判例が掲載されていました。東京高判4.11.16東京地判令4.1.28労働判例1293-66 日本クリーン事件です。

2.日本クリーン事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、設備管理業務、清掃管理業務、警備管理業務等を業とする株式会社です。

 原告(被控訴人)になったのは、正社員として被告に入社し、東京都港区内にある高層マンション(本件マンション)の共用部の清掃業務に従事していた方です。組合員として社外に漏洩することのできない情報を所属労働組合に提供した結果、その情報が組合のホームページに掲載され、広く世間一般に開示されることになったとして、諭旨解雇処分を受けました(退職届を提出せず解雇)。これを受け、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件は一審でも二審でも解雇は無効であるとして、地位確認請求が認められています。しかし、その結論を導く過程で、実務上興味深い判断を複数行っています。その中の一つが、労働組合に対しインターネット掲載の対象からの除外や匿名化を要求すべき注意義務が認められている点です。

 その判断は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

・本件議案書について

「前記認定事実・・・によれば、Fは、本件議案書の作成過程と同時期に、予め、原告との間で送受信されたメールの内容をテキストファイル・・・にまとめた上で原告と本件面談を行い、上記メールの要約・・・と、本件面談の内容(掲載事項④)から構成される本件議案書を作成したものである。これに加えて、原告は、職場環境の是正の必要性から、団体交渉の可否を含めて本件組合に相談した旨主張していること・・・を考慮すると、本件面談の際には同年12月下旬に開催が予定されていた本件組合の定期大会に向けて、本件議案書の作成を前提として、Fが上記メールの内容につき原告に確認した上で掲載事項④に記載されたような、本件洗浄事故やその他の控訴人における業務遂行上の問題状況とこれらに対する本件組合として対応・方針等を協議したものと推認することができ、そうすると、原告は、本件掲載事項の本件議案書への掲載について認識していたものと認めるのが相当である。」

これに対し、原告及びFの供述等には、被控訴人は、本件議案書への掲載についてFから確認を求められたことはなく、本件議案書の内容及び本件掲載については令和元年7月3日の団体交渉で被告から指摘を受けて初めて知った旨を述べる部分がある・・・。」

「しかしながら、本件掲載事項の内容は、原告の認識及び主張に基づき構成されているものである上、特に掲載事項④は、その内容が多岐に渡る複雑なものであり、これらについて、、その正確性の担保のみを考慮しても、Fにおいて、被控訴人とは無関係にこれを他の組合員に開示される本件議案書として作成するものとは到底考え難く、Fの供述は、この点につき何ら合理的理由を述べるところがない。一方で、原告の供述を前提としても、原告は、前記団体交渉における被告の指摘の直後に、Fに対し、本件掲載につき何らの事実確認も行っておらず・・・、この点も、本件議案書の作成についての原告の事前の承諾を窺わせるものであり、原告及びFの前記供述等はおよそ信用し難く、これらを採用することはできない。

・本件掲載について

「前記認定事実・・・のとおり、本件組合は、毎年、定期大会に上程された議案書を組合員に対し送付する一方で、これを過去の議案書等に追加して本件ホームページに掲載しており、このような議案書の本件ホームページでの公開がルーテインに行われていた実情に照らせば、原告及びFにおいて、本件面談の際に本件議案書の作成につき確認したとしても・・・、改めて本件掲載の可否を確認したとは考え難い。

「しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、原告は、平成24年ころから本件組合の組合員であり、本件面談に先立ち、本件組合の支援を受けた複数の事案が本件ホームページに掲載されていることを考慮すると、本件ホームページの存在や、毎年の議案書の掲載がされていることについては認識していたものと推認するのが相当である。」

「そして、当該認識の存在を始め被控訴人の置かれた状況等を前提とすると、原告としては、本件議案書につきFと協議を行う際に、自らが本件各誓約書又は就業規則26条(11)に基づき守秘義務を負う事項・・・については、当該守秘義務に基づき、これを本件掲載から除外するか、少なくとも、個人名及び企業名を匿名化することを要求すべき注意義務を負っていたものと解することができ、被控訴人としてはかかる義務を有することを十分に認識し得たにもかかわらず、本件掲載を阻止することなく、これを容認したと認めるのが相当である。

「さらに、本件組合は、被告による本件掲載に関する指摘(令和元年7月)までの間、本件洗浄事故に関し団体交渉の要求等を行っていない上、原告は、第9回定期大会に欠席しており、本件組合内部において、本件掲載事項について実質的な議論がされたものとも考え難い。そもそも、本件洗浄事故の原因(コップのすすぎ忘れ)について、清掃作業員の個人的な事務上のミスであるため被告の組織的対策(作業手順の整備等)により再発を完全に防止することは困難と考えられることを併せ考えると、原告及びFにおいて、本件掲載事項に関連して、被告に対し団体交渉等を通じて職場環境の改善を求める意図を有していたものとは考え難く、その反面として、本件掲載が、本件洗浄事故について、被告に不利益となる事実・・・を公開すること自体を意図してされた疑いは払しょくできない。」

「しかしながら、前記(ア)で述べたとおり、本件掲載は、本件議案書の作成・上程に伴う通常のプロセスに過ぎず、掲載自体につき原告とFとの間で確認・協議等がされたものとは考え難いことや、原告は被告の従業員であり、かって解雇をめぐって訴訟で争った経緯があるが、復職を果たした後は地道に働いて副主任に昇格しており、被告の経営上の不利益を積極的に意図する動機等までは直ちに認め難いことを考慮すると、被控訴人について、上記の意図・目的を有していたとまでは直ちに認定し難いといわざるを得ない。」

「以上によれば、本件掲載に係る懲戒事由は、本件掲載事項の本件議案書への掲載及び本件組合において議案書がホームページで公開されることがルーティンに行われていた実情を認識しており、前記・・・の注意義務を負っていることを認識し得たにもかかわらず、本件議案書の内容(本件掲載事項)が本件ホームページに掲載されることを阻止することなくこれを容認したこと、とするのが相当である。

※ 赤字=控訴審判断

3.秘密情報の取扱いに注意

 以上のとおり、裁判所は、労働組合への情報提供にあたり、労働者に秘密情報が一般公開されないように組合に要求すべき注意義務があったと判示しました。

 こうした裁判例があることを踏まえると、労働組合に相談を行うに当たっては、こうした義務に引っ掛けられる可能性があることに注意しておく必要があります。