弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過半数代表者の選出手続-各候補者の得票数の開示は必要か?

1.過半数代表者

 事業場の労働者の過半数を代表する者を「過半数代表者」といいます。

 過半数代表者は、労働基準法上、様々な役割を与えられています。

 例えば、労働基準法36条1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間・・・又は前条の休日・・・に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。」

と規定しています。

 また、労働基準法90条1項は、

「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。

と規定しています。

 労働組合の組織率の低下に伴い過半数組合が減少しつつある昨今、過半数代表者は多くの企業で広く用いられるようになっています。

 この労働基準法上の過半数代表者といえるためには、管理監督者に該当しないことのほか、

「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」

が必要であるとされています(労働基準法施行規則6条の2第1項参照)。

 それでは、この過半数代表者の選出にあたり、各候補者の得票数が開示されることは必要になるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.5.26労働判例ジャーナル128-16 三井物産インシュアランス事件です。

2.三井物産インシュアランス事件

 本件で被告になったのは、損害保険代理店業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結し、営業職として稼働していた方です。配転命令権の濫用ほか、休暇等の取得の妨害や、執拗な退職勧奨等の嫌がらせを受けたことにより抑鬱状態を発症したとして、職場環境配慮義務違反を理由に、被告を相手取って損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、適法な過半数代表者が選任されてこなかったことに対する問題提起を行ったところ、被告から嫌がらせを受けることになったと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の過半数代表者の選出方法には問題がないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、原告が過半数代表者の選出に立候補するまでは、適法な過半数代表者が選任されてこなかったところ、原告がこの点に関する問題提起をしたことを契機として、被告から嫌がらせを受けることになった旨主張する。」

「しかし、上記認定事実・・・のとおり、被告においては遅くとも平成27年2月には特定の候補者に対する信任の有無を確認する方法によってされており、これは平成30年厚生労働省令第112号による改正前の労働基準法施行規則6条の2第1項2号に反するものとはいえない。また、証拠・・・によれば、管理職になる者を選任しないよう配慮していたことが認められることからすると、同項1号に定める者(管理監督者)を選任していたとも認められない。」

「したがって、原告の上記主張は前提となる事実が認められないから、採用することができない。」

「なお、原告は、被告は、本件選挙が行われるまでの間、過半数代表者を適切に選出しておらず、就業規則の不利益変更に係る労働基準法90条1項所定の意見聴取や同法36条所定の労使協定の締結はいずれも瑕疵があり、その旨の問題提起をしたところ、被告から嫌がらせ行為を受けるようになったと主張する。」

「しかし、上記認定事実・・・のほか、本件全証拠を総合しても、原告による問題提起に係るメールをはじめとするやり取りにおいて、これを受けたGやFをはじめとする被告従業員が原告の指摘を受けて原告に対して不利益を与えたり嫌がらせをしたりしたことをうかがわせる事情は見当たらない。また、原告は本件配転命令が嫌がらせの一つである旨主張するが、上記のやり取りを受けて本件配転命令が決定されたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の上記主張は、前提となる事実が認められないから、採用することができない。」

原告は、被告が本件選挙における各候補者の得票数を開示しなかったことは違法又は不当であるところ、本件配転命令は、得票数の開示を求める原告の姿勢を嫌悪したことによってされたものである旨主張する。

しかし、過半数代表者の選挙における候補者ごとの得票数の開示を義務付ける旨の法令の定めは見当たらないし、各候補者の得票数を開示しなかったことをもって、選挙に不正があったともいえない。(なお、上記認定事実・・・のとおり、選挙結果は対立候補者が過半数の得票を得て当選したのであり、被告が得票数と異なる結果を述べた事実は認められない。)したがって、原告の上記主張は、前提となる事実が認められないから、採用することができない。

「原告は、被告に対して本件選挙の候補者ごとの得票数の開示を求めた直後に本件警告書1を交付されたのであるから、本件警告書1は本件選挙の結果に係る原告の追及を封殺し、原告を抑圧するために交付されたと主張する。」

「しかし、前記前提事実・・・のとおり、本件警告書1は、原告が本件選挙において対立候補に対して立候補を取りやめるよう求めるなどした行為が問題であると指摘しているのであって、原告が被告に対して本件選挙の候補者ごとの得票数の開示を求める行為については何ら言及しておらず、同行為を委縮させるものとはいえない。また、原告が本件警告書1の交付を受けてEに対して送信したメール・・・においても、本件選挙の得票数の開示に関する言及はない。したがって、原告の上記主張は、前提となる事実をもって原告に対する嫌がらせであるとはいえないから、採用することができない。」

3.各候補者の得票数の開示(消極)

 上述のとおり、本裁判例は、過半数代表者の選出手続について、各候補者の得票数を開示する義務まではないと判示しました。

 得票数が開示されなければ過半数の支持を受けていることを外部から検証することが難しくなります。明文に書いていないからといって簡単に義務を否定してしまうことについては疑問がないわけではありません。

 とはいえ、各候補者の得票数の開示義務について否定した裁判例があることは、頭に入れておく必要があります。