弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

反省文の提出を命じられた場合に、反省の対象事実を明らかにするように求めることはできるのか?

1.対象事実の特定

 懲戒処分を行うにあたり、

「被処分者に懲戒事由を告知して弁明の機会を与えることは、就業規則等にその旨の規定がない場合でも、事実関係が明白で疑いの余地がないなど特段の事情がない限り、懲戒処分の有効要件である」

と解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕559頁参照)。

 そのため、懲戒処分を受ける場合、労働者は対象行為が何なのかを事前に認識できるのが普通です。

 それでは、懲戒処分には至らない注意、指導の場面、例えば、反省文の提出を命じられたような場面ではどうでしょうか? 労働者は、反省の対象行為が何なのかの特定を求めることができるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.3.16労働判例ジャーナル128-34 伊藤忠商事事件です。

2.伊藤忠商事事件

 本件で被告になったのは、貿易業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告に総合職として中途入社した方です。被告の子会社に出向中、上司等からパワーハラスメントを受けたなどと主張して、損害賠償等を請求する訴訟を提起しました。

 本件の原告は複数の行為をパワーハラスメントとして構成しましたが、その中の一つに反省文提出命令がありました。原告は、

「被告は、反省文の対象となる具体的な事実を原告に対して一度も教えようとしなかった。このような抽象的な内容では、反省文を書くことなどできるはずがない。」

などと主張して命令の適法性を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、ハラスメントの成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件反省文提出命令は、就業規則第67条3項を根拠とし、懲戒処分ではなく口頭による厳重注意として、反省文の提出を命ずるものである。被告は、ホットライン通報を契機とする調査の結果、原告がIFM外国為替室在籍時に若手社員を個室に呼び出して罵倒したこと、個室での会話を録音している旨の威嚇をしたこと、椅子を蹴ったことなどのハラスメント行為に加え、ホットライン通報に係るヒアリング対象者を探し出す行動をしたことを理由として、原告を厳重注意に処することを決定した・・・。」

「原告は、被告が反省文の対象となる事実を明らかにしていないため、反省文を書くことはできず、本件反省文提出命令は裁量権を逸脱又は濫用したものである旨主張する。」

確かに、使用者が労働者に対し不利益な処分をする場合には、その理由となった事実を労働者に示すことを要すると解される。しかし、本件において、e氏は、反省文の対象となる事実は何かとの原告の質問に対し、個室に若手社員を呼び出し、必要以上の叱責をしたこと、録音をしていること、若しくは間接暴行に当たるハラスメント行為をしたこと、当該行為につき否定又は記憶がないなどの回答をしたことについても反省を求めるものである旨、加えて、ホットライン通報の調査妨害及び虚偽報告をしたことも確認している旨を説明し、さらに、ハラスメント行為の期間について、原告がIFM外国為替室に在籍中に起きた事象であり、平成31年1月以前から遡ること5年間の出来事である旨を説明している・・・。以上のようなe氏の説明からすると、原告としては、対象事実を認識することができ、本件反省文提出命令の対象となる事実が明らかにされていないとはいえないから、原告の上記主張は採用することができない。」

「原告は、被告が、反省文の提出を執拗に求めるにとどまらず、反省文の内容について、被告の求める内容でなければ書き直しを命じると断言していたことからすると、被告の指示するとおりの内容の反省文を作成しなければならず、原告の内心の自由を不当に侵害するものである旨主張する。」

「しかし、e氏は、反省文を提出しない旨の原告のメールを受け、令和元年10月15日に再度の面談を実施したものの、同面談においては、反省文を書かないことは会社の指示に背くことになるがそれでよいのかなどと述べて原告の意向を確認したものであって、それ以上に、反省文の提出を執拗に求めたり、反省文の具体的内容まで指示したりしたとは認められない・・・。そうすると、被告が原告の内心の自由を不当に侵害したとは認められず、原告の上記主張は採用することができない。」

「よって、本件反省文提出命令について不法行為は成立しない。」

3.対象事実を特定しないで反省を迫る使用者は結構いる

 労働事件に関する相談を受けていると、対象事実が特定されないまま、謎かけやクイズのように当たるまで反省を迫られている人を見かけることがあります。そのようなことをして何の意味があるのかと不思議に思われる方がいるかも知れませんが、一定の頻度で見かけるくらいの件数があります。

 本件では結論としてハラスメントの成立が否定されているものの、懲戒処分に至らない反省文の提出が求められるような局面においても、

「使用者が労働者に対し不利益な処分をする場合には、その理由となった事実を労働者に示すことを要する」

との規範が示されている点は注目に値します。

 対象事実を特定しないまま、嫌がらせ的に反省を迫るようなやり方に対しては、この裁判例に基づいて反駁して行くことが考えられます。