弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の公募-不合格者に対し採用選考過程や評価についての情報開示・説明義務を負うのか?

1.大学教員の公募は出来レースか?

 大学教員の公募に関しては、採用選考が適切に行われていないのではないかという懸念を抱く方が少なくありません。例えば、公募と銘打ってはいるものの、誰を採用するのかは既に決まっていたのではないかといったようにです。

 それでは、採用選考過程に疑義がある場合、不合格者は大学に対して採用選考過程や自身への評価についての情報開示や説明を求めることができないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判例4.5.12労働判例ジャーナル129-48 学校法人早稲田大学事件です。

2.学校法人早稲田大学事件

 本件で被告になったのは、早稲田大学等を設置している学校法人です。

 原告になったのは、中国政治及び中国社会論を研究分野とする政治学者の方(原告A)と、その方が加入している労働組合(原告組合)です。

 被告は、

〔1〕原則として博士学位を有すること、

〔2〕博士学位取得後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の修士課程及び博士後期課程の研究指導、講義科目を担当できるに十分な期間の研究教育上の経験及び実績を有すること、

〔3〕博士後期課程で研究指導を担当できるに十分な質及び量の研究実績を有すること(具体的には、邦文又は英文による既刊研究論文7本以上の研究業績を有し、うち少なくとも3本は評価の高い学術誌に掲載された査読付き論文であること)、

〔4〕日本語及び英語の両方で授業を担当できること、

〔5〕科学研究費補助金など競争的外部研究資金を代表者として獲得した実績、又は同等の優れた職務経験を有すること、

〔6〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターなどの業務運営の諸役職・委員等を、責任をもって遂行できること、

〔7〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターの研究・教育活動に貢献できること」

との採用条件を掲げ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科専任教員を公募しました(本件公募)。

 原告Aは本件公募に応募しましたが、書類審査で不合格となり、面接審査に進むこともできませんでした。

 選考過程の公正さに疑念をもった原告Aは、自分の応募が選考過程でどのように審査されたのか等の情報開示を求めました。

 これを被告から断られると、今度は労働組合に加入し、団体交渉の中で同様の情報を得ようとしました。

 しかし、被告は

「本件公募の選考過程に関する情報・・・については、団体交渉に応じる義務はない。」

として団体交渉を拒否しました。

 これに対し、原告Aが慰謝料(説明義務違反等)の支払いを請求すると同時に、原告組合も無形損害の賠償を求める訴えを提起しました。

 原告Aは情報開示・悦明を受けるために三つの観点から論証を試みましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告Aの請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

・労働契約締結過程における信義則上の義務について

「前記前提事実・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件公募は、アジア太平洋研究科の研究科専任教員採用人事内規に則り、

〔1〕応募者から自薦書、履歴書、教育研究業績リスト等を提出してもらい、

〔2〕審査委員会において、応募者の中から採用条件を充たしている者を選び出した上で、その中から、募集分野と応募者の研究分野の適合、研究の質的水準、授業遂行の能力と意欲、研究科業務への適性、人格見識などについて精査して、原則として複数の候補者を選抜し、当該候補者を対象として面接審査及び模擬授業を行って採用予定者を1名に絞り込み、

〔3〕人事研究科運営委員会において当該採用予定者の採否を決定し、

〔4〕被告において、人事研究科運営委員会が承認した採用予定者との間で労働契約を締結することが予定されていたことが認められる。」

「原告Aは、本件公募に応募したが、書類選考の段階で不合格になったものである(前記前提事実・・・。原告Aと被告との間で、原告Aを専任教員として雇用することについての契約交渉が具体的に開始され、交渉が進展し、契約内容が具体化されるなど、契約締結段階に至ったとは認められないから、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くというべきである。」

「原告らの主張は、原告Aが本件公募に応募したというだけで、信義則に基づき、被告に本件情報開示・説明義務が発生するというに等しく、採用することができない。」

・公募による公正な選考手続の特殊性に基づく義務について

「大学教員の採用を公募により行う場合、その選考過程は公平・公正であることが求められており、応募者の基本的人権を侵害するようなものであってはならないということはできる。」

「しかしながら、原告Aは、被告との間で契約締結段階に至ったとは認められず、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くことは上記・・・のとおりであり、このことは、選考方式が公募制であったことによって左右されるものではない。したがって、仮に、原告Aが本件公募について透明・公正な採用選考が行われるものと期待していたとしても、その期待は抽象的な期待にとどまり、未だ法的保護に値するとはいえず、被告が専任教員の選考方式として公募制を採用したことから、直ちに本件情報開示・説明義務が発生する法的根拠は見出し難い。」

・個人情報の適正管理に関する義務について

「職業安定法5条の4は、労働者の募集を行う者に対し、その業務に関し、募集に応じて求職者等の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用することを義務付けているが、求職者等に対する個人情報の開示に関しては、何ら規定していない。したがって、職業安定法5条の4は、本件情報開示・説明義務の法的根拠とはなり得ないというべきである。」

「個人情報保護法28条2項は、個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときには、遅滞なくこれを開示しなければならないと定めるとともに、同項2号において、個人情報取扱事業者が開示義務を負わない例外として、『当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』を挙げている。そして、個人情報保護法における個人データとは、個人情報データベース等を構成する個人情報(特定の個人を識別することができる情報)をいい(個人情報保護法2条1項、6項)、個人情報データベース等とは、個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの、又は、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるものをいう(同条4項)。」

「原告Aが被告に対して開示を求めたとする別紙2記載の情報についてみると、同1記載の情報及び同4記載の情報のうち原告Aに言及がない部分が原告Aの個人情報に当たらないことは、明らかである。」

「また、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Aに言及する部分は、原告Aを識別可能であることから原告Aの個人情報に該当するものがあるとしても、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、これらの情報が個人情報データベース等を構成していることをうかがわせる事情は何ら認められないから、個人情報保護法28条2項に基づく開示の対象となる保有個人データであるとは認められない。」

「さらに、仮に、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Aに言及する部分が保有個人データに当たるとしても、これらの情報を開示することは、個人情報保護法28条2項2号に該当するというべきである。すなわち、被告は、採用の自由を有しており、どのような者を雇い入れるか、どのような条件でこれを雇用するかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるところ、大学教員の採用選考に係る審査方法や審査内容を後に開示しなければならないとなると、選考過程における自由な議論を委縮させ、被告の採用の自由を損ない、被告の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがあるからである。したがって、被告は、個人情報保護法28条2項2号により、これらの情報を開示しないことができる。」

「なお、厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室の平成17年3月付け『雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針(解説)』は、『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』に該当するとして非開示とすることが想定される保有個人データの開示については、あらかじめ、必要に応じて労働組合等と協議の上、その内容につき明確にしておくよう努めなければならないとしていたが(甲28の1、乙14)、これは、あくまでも努力義務を定めたものであって、上記協議をしていないからといって、使用者が、『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』に該当する保有個人データを非開示とすることができなくなるわけではない。」
「以上によれば、職業安定法5条の4及び個人情報保護法は、いずれも、本件情報開示・説明義務の法的根拠にはなり得ないというべきである。」
3.出来レースの懸念のある事案だったが・・・

 本件は採用条件が特に細かく、原告の方が意中の方のみに応募させようとしたと考えても不思議ではないように思われます。

 しかし、裁判所は、採用選考過程や評価についての情報開示・説明義務の存在は認められないと判示しました。

 情報開示・説明義務が認められず、残念な事案ではありましたが、珍しい論点について判示した裁判例として参考になります。