1.就業規則の変更手続
労働基準法89条柱書は、
「常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。」
と規定しています。
労働基準法90条1項は、
「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。」
と規定しています。
過半数組合のある職場はそれほど多いわけではありません。そのため、就業規則を変更する場合、多くの会社において、
過半数代表者からの意見聴取、
労働基準監督署への変更の届出、
という手続が踏まれます。
それでは、こうした意見聴取、労働基準監督署への届出といった労働基準法所定の手続が経られていない就業規則変更の効力は、どのように理解されるのでしょうか?
昨日ご紹介した、東京地判令3.4.8労働判例1282-62 大陸交通事件は、この問題を判示した裁判例でもあります。
2.大陸交通事件
本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告の乗務員ないし乗務員であった方3名です。
乗務員の歩合給の算定にあたり、クレジットチケット、クレジットカード及びID決済の取扱手数料(本件手数料)を乗務員に負担させることは、労働基準法24条1項本文に定める賃金全額払の原則に反する違法行為であるから許されないとして差額賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。
この事件では、歩合給算定の根拠となる給与規定(本件給与規定)改正(変更)の効力が問題になりました。本件給与規定の改正にあたっては、労働基準法89条、90条の手続が履行されていないという瑕疵がありましたが、裁判所は、次のとおり述べて、改正は有効だと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告らは、本件給与規定について、従業員代表の意見聴取や労働基準監督署に対する届出といった労働基準法89条及び90条の手続が履行されていないから、労働契約法11条に違反し、無効である旨主張する。」
「上記・・・の認定事実によれば、被告が、本件改正の行われた当時、労働基準法89条及び90条の手続を履行した事実を認めることはできない。しかしながら、就業規則の変更による労働条件変更の要件は、労働契約法10条所定の変更の合理性及び労働者への周知であり、労働基準法89条及び90条の手続の履行は、変更された就業規則が労働契約を規律するための絶対的要件ではなく、変更の合理性の判断の考慮要素の一つと解するのが相当である。そして、上記・・・のとおり、本件給与規定14条本文の新設は、実質的には従前の労働条件を不利益に変更したものではないことに加え、その内容は、成果主義に基づく賃金を算定するための合理性を有するものであることに照らすと、本件改正により乗務員が多大な不利益を被ったということはできない。そうすると、被告が労働基準法89条及び90条の手続を履行していないことは、適切ではなく、非難を免れないが、そのことをもって、本件給与規定14条本文を新設したことの合理性を覆すに足りる事情であると解するのは相当でない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。」
3.改正(変更)の効力は肯定されたが・・・
上述のとおり、本件では就業規則(本件給与規定)変更の効力が認められました。
しかし、法所定の手続を履行していない変更の効力を安易に肯定してよいのかは甚だ疑問です。裁判所も指摘しているとおり、この判決は、就業規則の変更が
「実質的には従前の労働条件を不利益に変更したものではないこと」
を前提としたものと捉えるのが適切であり、一般化できるものではないように思われます。