弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則に明文の定めのない試用期間の延長が認められた例(適格性吟味の必要性+期間+延長の承諾)

1.試用期間の延長

 試用期間に延長が認められるのかという論点があります。

 この論点について、白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕は、次のように記述しています。

「試用期間の延長はあくまで例外であり、使用者の一方的、恣意的判断にゆだねることは許されない。①就業規則上の根拠のみならず、②試用契約を締結した際に予見し得なかったような事情により適格性等の判断が適正になし得ないという場合のように、延長を必要とする合理的事由があることが必要であると解されることになろう。」

なお、就業規則上の根拠がなくても、労働者との間で個別に真摯な合意があれば、試用期間を延長することができるとの見解もあるが、これに対しては、労基法93条により、その合意が無効とされる場合があると指摘されている。

※ 労働基準法93条

労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十二条の定めるところによる。

※ 労働契約法12条

就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

 近時公刊された判例種に、この就業規則上の根拠がない試用期間の延長との関係を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.2.22労働判例ジャーナル147-16 青葉メディカル事件です。労働者側で注意しておくべき裁判例として、ご紹介させて頂きます。

2.青葉メディカル事件

 本件で被告になったのは、医療施設、薬局、東西薬局等の経営を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和34年生まれの男性であり、薬剤師資格を持っている方です。就業規則で3か月の試用期間が定められている期間の定めのない労働契約を締結したのですが、試用期間が延長された後、本採用拒否/普通解雇されてしましました。その後、本採用拒否/普通解雇は無効であると主張して、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、就業規則に延長に係る定めがなかったため、試用期間延長の可否が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、試用期間の延長を認めました(ただし、結論として地位確認請求は認められています)。

(裁判所の判断)

「原告は、被告の就業規則には試用期間の延長に係る定めはないから、試用期間の延長は許されない旨主張する。」

「しかし、試用期間の延長を禁じる法令の定めはない。また、被告の就業規則は試用期間を3か月とする旨の定めがあるところ・・・、個別の労働契約において、当初の試用期間満了時において当初想定していた労働者の人物・能力をはじめとする従業員としての適格性に疑問があり、評価及び判断になお一定の期間を要する相応の事情が認められる場合に、試用期間を上記判断に必要かつ相当な期間延長する場合は当然に想定されるのであって、上記の就業規則の定めが個別の労働契約においてその延長を許さない趣旨と解する根拠は見当たらない。

「そこで本件での延長が就業規則上許容されているか否かを検討するに、原告は、本件労働契約に際して、それまでに調剤薬局で8年余り薬剤師として勤務しており、その際の顧客対応が良好であった旨を記載した履歴書を送付して被告の求人に応募し・・・、被告の面接においても即戦力として働くことができるかという質問に対して働くことができる旨を回答し・・・、これを受けて被告は原告の採用を決め、原告は本件労働契約を締結して就労を開始している。以上によれば、被告は、調剤薬局で勤務する即戦力の薬剤師として勤務することを想定して原告を採用し、原告もそのような想定を前提に本件薬局での就労を開始したといえる。そうすると、原告の試用期間中の勤務状況から、調剤薬局での接客等に係る適格性に疑義が生じた際に、さらに適格性を吟味するために試用期間を延長することは本件労働契約締結に至る経緯に照らして必要なものであり、その期間が1か月にとどまり、原告が面談において延長を承諾したことから・・・、その延長内容も相当なものであるといえる。

したがって、本件労働契約の試用期間の延長は、被告の就業規則に明文の定めがなくても許容されるものといえる。

「以上のとおりであるから、被告の就業規則が試用期間の延長を禁じている(労働契約法12条)と解することはできないし、本件労働契約の試用期間の延長は就業規則において許容されるものである。原告の上記主張は採用することができない。」

3.最低基準効との関係での主張があったのかは明確でないが・・・

 判決文上、この争点に関する原告の主張は、

「原告は、令和元年6月28日ではなく同月25日にD及びCと面談した。その面談の席上で、原告は、被告から病院の薬剤師になることを提案され、これを断ると試用期間を3か月延長する旨を告げられ、最終的には病院の薬剤師になることは考えてもよい旨を述べたのであって、試用期間の延長には同意していない。」

と纏められています。承諾の事実の有無に焦点が当てられており、本件の原告が、最低基準効との関係で、どこまで踏み込んだ主張をしていたのかは分かりません。

 その点は割り引いて考える必要がありますが、裁判所は、就業規則に明文の定めのない試用期間の延長を認めました。

 ただ、そうであるにしても、

適格性吟味の必要性、

期間が短期(1か月)に留まっていること、

に触れたうえ、

原告が承諾したことを根拠に延長を認めたことには意識しておく必要があります。承諾があったといえるだけの背景事情に触れられているところは、自由な意思の法理との親和性を感じさせます。

 就業規則の定めがない場合に、労使間の合意で試用期間の延長が認められるのかは、それほど先例の蓄積がある問題ではありません。本裁判例は、延長の可否や、延長をするための実体的な要件、争点化するための法律構成(最低基準効、承諾の存否、自由な意思の法理など)を考えて行くうえで、実務上参考になります。