弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアルハラスメントを受けた者が外見上平静を装うことは、何ら不自然なことではないとされた例

1.迎合的言動と並ぶ反論-平気そうにしていた・普通に生活していた

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 L館事件の最高裁判決以来、加害者の責任を追及するにあたり、被害者の迎合的言動をそれほど問題視しない裁判例が多数現れています。現在では、迎合的言動があったとしても、加害者に対する責任を追及するにあたり、決定的な支障になるとは理解されていないのではないかと思います。

 このように迎合的言動が障壁となることは克服されつつあるのですが、迎合的言動と並ぶ加害者側の反論に「平気そうにしていた」「普通に生活していた」というものがあります。これは、

性的関係がそれほど精神的な負担になっていたというのであれば、日常生活に何らかの支障が生じていて然るべきだ、

それがないのは、性的関係を受け入れていたことの証拠だ(性的関係がなかったことの証拠だ)、

という論理です。

 この「平気そうにしていた」「普通に生活していた」という加害者側の論理との関係で、興味深い判断を示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京高判令6.3.13労働判例ジャーナル147-8 日本弁護士連合会事件です。

2.日本弁護士連合会事件

 本件で原告になったのは、大分県弁護士会に所属する弁護士法人です。

 原告は、代表弁護士P3が勤務弁護士P4に性的関係を強要し、P4が自死した件で、大分県弁護士会から業務停止6か月の懲戒処分を受けました。日弁連に審査請求を行いましたが、これが棄却されたことを受け(本件裁決)、日弁連を相手取り、本件裁決の取消を求める訴えを提起したのが本件です。遺族が提起した損害賠償請求事件については、このブログでも以前紹介したことがあります。

30歳以上年上の勤務先法律事務所の代表者と事務所で自ら望んで性交をすることは通常考え難い-恋愛関係という弁解が排斥された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 民事訴訟だけではなく、この行政訴訟においても、原告側は性交渉等の強要を否認しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、P3が亡P4に対して性交渉等を強要したことについて否定的な見解が記載されている関係者の陳述書等を多数にわたり提出する。」

「しかし、性交渉等の強要によるセクシュアルハラスメントは、他人の目がある所では行いにくいものであり、また、性交渉等の強要があったことを第三者がうかがい知ることは容易でなく、上記陳述書等における強要の有無に関する記載は、結局は推測に基づくものといわざるを得ず、当裁判所の認定を左右するものではない。」

原告は、亡P4の原弁護士会の委員会等への参加状況、原告事務所における女性弁護士によるグループLINEのやり取り、事件関係の出張、原告事務所における昼食、食事会・旅行会・レクリエーション等の行事への出席、地域の情報誌に亡P4の写真が掲載されている状況、亡P4が作成した相談メモ、亡P4のP3に対する年賀状等の証拠を提出し、これらは、亡P4がセクシュアルハラスメントを受けていなかったことや、友人P11及びP7弁護士に相談した内容はセクシュアルハラスメントではなく不倫の相談であったことを示すものであるなどの主張をする。

しかし、本件のようなセクシュアルハラスメントを受けた者が、精神的負担を抱えつつも、外見上は努めて平静を装うことは何ら不自然なことではなく、亡P4がP3との性的関係により過重な精神的負担が生じていたことは、友人P11及びP7弁護士への相談並びにP3宛て遺書の各内容、亡P4の自死が発見された当時の亡P4自宅の状況からみて明らかである。

「原告は、亡P4が、原告事務所で使用していた執務用パソコンに性的な画像等のデータを多数保管したり、性的なイラストを描いたりしていたことから、亡P4には、性的行為に関する強い願望があったものであるとして、P3との性交渉等は、亡P4の意思に反するものではなく、亡P4が積極的にP3に対して働きかけたものであると主張する。」

「しかし、上記データは、いずれも容易にアクセスすることができる漫画やウェブサイトの記事によるものと認められ、内容的にみても、同年代の一般人が抱く性的関心の程度とかけ離れたものであると認めることはできない。原告は、亡P4が、通常でない性的行為にまで関心を寄せているという趣旨の主張もするが、そのようなことも含めて、性的な画像、映像又は小説等に関心を寄せることは、同世代の一般人の有する性的好奇心と何らかけ離れたものとはいえない。」

「そして、性的好奇心を有していることと、特定人に対する性的感情や性的な行動とは別次元の事柄であり、亡P4が上記のような性的好奇心を有していたことは、P3に対して恋愛感情を抱いていたり、積極的に性交渉等を求めたりしていたことを推認させる根拠となるものではない。」

「また、原告は、亡P4が執筆した小説に『●』の漢字が用いられた登場人物がおり、このことは亡P4がP3を親密に感じていたことを示すものである旨の主張をするが、徴表としては微弱で、別の解釈も成り立つから、そのような推認は成り立たない。」

3.外見上平静を装っていたことも、責任追及の支障にはならない

 上述のとおり、裁判所は、

「本件のようなセクシュアルハラスメントを受けた者が、精神的負担を抱えつつも、外見上は努めて平静を装うことは何ら不自然なことではなく」

との経験則を示し、

原告の主張を排斥しました。別に死亡していなければダメだということではなく、友人への相談や、弁護士への相談、医療機関の受診など、精神的な負担が生じていたことを裏付けられるような痕跡が残っていれば、外見的な支障が生じていなかったとしても、責任追及を断念するような事情にはあたらないということなのだと思います。

 セクシュアルハラスメントに関しては、ここ数年来、被害者に寄り添う形で、急速に経験則が発展してきているように思います。今後の裁判例の動向にも、注目して行く必要があります。