弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

即戦力であることを想定されて中途採用された専門職(薬剤師)の本採用拒否にも、三菱樹脂本採用拒否上告事件(新卒労働者の本採用拒否)の判断枠組みが使われた例

1.試用期間経過後の本採用拒否(新卒の場合/中途採用の場合)

 最大判昭48.12.12最高裁判所民事判例集27-11-1536、労働判例189-16三菱樹脂本採用拒否上告事件は、試用期間中の労働者の本採用拒否について、

「本件雇傭契約においては、右のように、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このような解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。」

「しかしながら、前記のように法が企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨にかんがみ、また、雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入つた者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである

と判示しています。

 これは試用期間中の労働者の本採用拒否が認められる場合を比較的厳格に制限した裁判例として知られています。一部使用者から、俗に、

「試用期間であっても、解雇の可否の判断は、本採用後とそれほど変わらないではないか。」

とぼやかれるのは、大抵がこの類型です。

 しかし、冒頭を見れば分かるとおり、三菱樹脂事件本採用拒否上告事件の判断枠組みは、新卒労働者に対する本採用拒否の判断基準です。即戦力として中途採用された労働者に対する本採用拒否も同じような感覚で判断されていると見るのは早計です。使用者側の代理人が比較的労働事件に慣れている弁護士であった場合、三菱樹脂事件本採用拒否上告事件の判断枠組みを引用して本採用拒否の適法性を議論しようとしても、必ず事案が違うという指摘を受けることになります。現に、

「原告は、いわゆる大学新卒者の新規採用当とは異なり、その職務経験歴等を生かした業務の遂行が期待され、被告の求める人材の要件を満たす経験者として、いわば即戦力として採用されたものと認めるのが相当であり、かつ、原告もその採用の趣旨を理解していたものというべきである。」

(中略)

「その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、上記のような原告に係る採用の趣旨を前提とした上で、当該観察等によって被告が知悉した事実に照らして原告を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することがこの最終決定権の留保の趣旨に徴して客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。」

と新卒者とは異なる立場にあることを指摘したうえで、即戦力中途採用の労働者に対する本採用拒否の可否を議論した裁判例もあります(東京地判平31.2.25労働判例1212-69 ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス事件等参照)。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、即戦力であることを想定されて中途採用された専門職(薬剤師)の本採用拒否についても、三菱樹脂本採用拒否上告事件を引用して判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.2.22労働判例ジャーナル147-16 青葉メディカル事件です。

2.青葉メディカル事件

 本件で被告になったのは、医療施設、薬局、東西薬局等の経営を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和34年生まれの男性であり、薬剤師資格を持っている方です。就業規則で3か月の試用期間が定められている期間の定めのない労働契約を締結したのですが、試用期間が延長された後、本採用拒否/普通解雇されてしましました。その後、本採用拒否/普通解雇は無効であると主張して、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、本採用拒否は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「被告の就業規則47条3号は、解雇の事由として『特定の能力が技術、成績を条件として雇入れられた者にもかかわらず、能力および適格性が欠けると認められるとき』と定めており・・・、就業規則5条1項は3か月間の試用期間を定め・・・、これを1か月延長した日に本件本採用拒否がされたこと・・・に照らすと、本件労働契約における試用期間の定めは契約の解約権を留保したものであって、本件本採用拒否は当該留保解約権の行使としてなされたものと認められる。」

「そして、上記の留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨及び目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合に有効となると解するのが相当である(最高裁判所昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。」

・本件における検討

「上記・・・で説示したとおり、被告は、調剤薬局で勤務する即戦力の薬剤師として勤務することを想定して原告を採用し、原告もそのような想定を前提に本件薬局での就労を開始したといえる。そうすると、試用期間中の原告の勤務状態において、調剤薬局で勤務する薬剤師として適格性を欠く事情がある場合には、解約留保権を基礎付けるものといえる。そして、〔1〕原告は老眼のために処方せんの記載内容を読むのに時間を要することが判明し・・・、〔2〕当初の試用期間中に、服薬指導において必要な説明をしなかったこと・・・や〔3〕女子中学生の患者に水虫の薬が出ている旨を周囲が聞こえる声の大きさで言ったこと(同エ)など、調剤薬局の薬剤師の業務遂行として適格性を疑わしめる言動があったことが認められる。そして、原告は、試用期間の延長後に、〔4〕外国籍の患者に周囲が聞こえる大きさの声で日本語が分かるのかと質問して当該患者の感情を害する言動をしており・・・、これもまた適格性を疑わしめる言動であるといえる。」

「しかし、上記〔1〕の事情は原告の採用過程において確認可能であり、本件労働契約締結当初に知ることができず、また知ることが期待できないような事情であるとはいえない。そして、上記〔2〕及び〔3〕の出来事は認められ、これを機に試用期間が延長されたものの、その後生じた上記〔4〕の出来事に対する被告による注意があったことはうかがわれるものの、その際の具体的な内容は明らかではなく、その後原告の勤務態度の変化の有無を認めるに足りる的確な証拠は見当たらないし、試用期間延長後に原告の勤務状態について他に適格性を疑わしめる出来事があったとも認められない(被告は、原告には他に調剤や監査に誤りがあるとか、投薬時の代金の徴収及び釣銭の間違いがあった旨を主張するが、上記・・・で説示したとおり、これらの事実は認められない。)。」

「以上によれば、原告には、上記〔2〕から〔4〕までのとおり、留保解約権の行使を基礎付ける客観的に合理的な理由が一定程度存するものの、調剤や監査、服薬指導に係る誤りは試用期間延長後には認められず、患者に対する言動について配慮を欠く言動が認められるにとどまることからすると、これらをもって直ちに薬剤師として不適格であると判断することは相当でないし、原告に対して指導や注意を継続したけれども改善しなかったとも認められないことから、これにより適格性を欠くとも評価することも相当ではない。」

「したがって、本件本採用拒否は、無効である。」

3.即戦力中途採用された専門職の本採用拒否の判断基準

 上述のとおり、裁判所は、

即戦力であることが期待、

中途採用、

専門職、

といった本採用拒否(解雇)が認められやすい条件がそろった労働者の試用期間中の本採用拒否の可否についても、三菱樹脂事件本採用拒否上告事件を引用して判断を行いました。

 中途採用者の本採用拒否の可否が争われる事案について、三菱樹脂事件本採用拒否上告事件を引用しても、事案が違うと反論を受けることが多いのですが、本裁判例によって、

「即戦力期待、中途採用、専門職の事案においても、三菱樹脂事件本採用拒否上告事件の規範が引用された事案があるではないか」

ということが示された形になります。

 これをぶつければ直ちに規範に関する争いで勝てるというわけではないでしょうが、使用者側の主張に反論する材料として、覚えておいて良い裁判例だと思います。