弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

録音する時の留意点-相手方の発言の固定/当方の発言の記録

1.録音時の留意点

 労働事件を処理するにあたり、録音は重要な証拠になります。ハラスメントを理由に損害賠償を請求する局面では、問題となる言動を捉えた録音は違法行為の存在を立証するための決定的な証拠になります。また、解雇の効力を争う場面でも、注意・指導を受けた時の状況を逐次録音しておけば、解雇を言い渡されるまで気にも留められていなかった事実を使用者側から解雇理由として主張された場合、後付けの理屈にすぎないと反論することができます。

 録音の場面で重要なのは、相手方の発言を固定することです。そのため、自分が何を話すかよりも、相手方を饒舌にさせることを意識するのが基本です。ただ、それは、自分がしゃべらなくても良いことを意味するわけではありません。状況によっては、自分の言葉を記録に残しておくことが必須であることもあります。

 そのことが分かる事件が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.24労働判例ジャーナル104-46 AIG損害保険事件です。

2.AIG損害保険事件

 本件は試用期間延長後の能力不足を理由とする留保解約権行使(解雇権行使)の効力が問題となった事件です。

 被告になったのは、損害保険業を営む業界大手の株式会社です。

 原告の方は、試用期間3か月で被告から雇用された方です。被告の就業規則に基づいてもう3か月間試用期間を延長された後、能力不足を理由に留保解約権を行使(解雇)されました。

 本件では能力不足を基礎づける具体的な事実の存否が争われましたが、裁判所は、次のとおり述べて、具体的な事実の存在を認めたうえ、留保解約権行使は有効だと判示しました。

(裁判所の判断-事実認定部分)

「原告は、平成31年1月頃、ファクシミリを利用して保険代理店に送信するべき書面を、誤って別の団体に送信した。また、原告は、ファクシミリを利用して顧客に送信するべき書面を、誤って被告c支店に送信したこともあった。(甲15の4、乙15、証人h)」

「この点、原告の陳述書(甲18)中には、原告がファクシミリの誤送信をしたことはないとの記載部分がある。しかし、証拠(甲15の1及び4)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、1月29日面談の席上で、f支店長からファクシミリの誤送信をしたことがあった旨指摘されて、『あ、すみません、はい。』と、直ちにその事実を認めて謝罪する応答をしたこと、3月13日面談の席上で、iからファクシミリを誤送信したことがあった旨指摘され、本件解雇を拒否してその理由の説明を求めて行われた面談の席上であったのに、『はい。』と答えてこれを否定しなかったことが認められることに照らし、採用しない。

「その他、原告には、f支店長やg、hら被告c支店の従業員から繰り返し注意・指導を受けたのに、仕事に時間がかかりすぎる、何度も同じ注意を受ける、業務処理の優先順位をつけられない、業務処理に必要以上の時間を要する、かかってきた電話を適切に処理できない、基本的な誤りをする、顧客から苦情を受けるなど、業務の処理に様々な多くの問題があった。そして、これらの問題点は、本件解雇に至るまで、改まらなかった。」

このことは、原告が、

〔1〕1月29日面談の席上で、gからきつい口調で正しいことを教えてもらった、被告で仕事をしていくのは難しいと思われている部分があると感じているとの旨述べ、f支店長から2時間や3時間でできる仕事を半日かけてやっていると指摘されて、人より時間がかかってしまうところがあるとの旨応答してこれ認め、f支店長から、何度も同じことを言われている、ものの優先順位や何が先にやるべきことなのかが分かっていない、電話をかけてきた顧客の担当者を長時間待たせている、ファクシミリの送信先を誤ったり会場として確保するべき部屋を間違えたりといった基本的なミスをするとの旨具体的に指摘されて、これを否定せず認める応答をし、さらに、他にも思い当たる節がある、自分でも感じていたところであるとの旨答えたり、指摘された問題点を異議なく復唱したりしたこと(甲15の1)、

〔2〕2月25日面談の席上で、仕事が上手くできなくてつらいという部分もあったとの旨述べ、f支店長から、顧客ともめたことがあった、30分でできる仕事が5時間も6時間も1日も2日もかかってしまうとの旨指摘されて、顧客がなぜ怒ったかは理解しているなどの旨応答してこれを認めたこと(甲15の2)、

〔3〕3月6日面談の席で、f支店長から顧客からの電話に円滑に応対することができていたかとの旨尋ねられて、できていなかったことを認める趣旨の応答をし、ミスをしたときに代わりにgらに対応してもらったことがあった、gやhら被告c支店の従業員に大変迷惑をかけたとの旨述べて、仕事上の失敗があったことを認めたこと(甲15の3)、

〔4〕3月13日面談の席上で、保険代理店の担当者の質問に即答できないことがあった、マニュアルのどこを探せばいいか分からないことがあった、条文が多いことなどから業務を遂行することが困難であった、業務処理の優先順位を付けられないところがあった、保険代理店に対する対応が遅くファクシミリを利用しての書面の返信等が他の仕事のせいで遅れてしまったことがあっとの旨述べて、自分の業務処理に問題があったことを自ら認めたこと(甲15の4)、

〔5〕本件各面談において、f支店長に対し、退職勧奨を拒否し、本件解雇は覆らないと言われてもこれを受け入れずに食い下がり、本件解雇につき承服できない、考えさせてほしいなどの旨繰り返し述べ、退職に伴い提出が必要な書類の作成を拒否するなどして、同人らの意向に抵抗してこれに反する自分の意見を臆せず表明し、f支店長やiらに対し、繰り返し主張を述べたり本件解雇の理由の説明を求めたりしていたことに照らせば、f支店長に対して意に反する返答をせざるを得ない状況にあったとはいえないこと(甲7、甲8、甲15の1ないし4)から、明らかである。

「この点、原告の陳述書(甲18)及び本人尋問における供述中には、原告は、被告c支店で就労中、ミスといえるようなミスをしたことがなく、失敗について指摘を受けたこともなかったとの供述等がある。しかしながら、これを裏付けるに足りる的確な証拠はない(なお、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟において、被告c支店で業務上のやり取りした電子メールの一部を証拠(甲7、甲8、甲14、甲16、甲17の1及び2)として提出したことが認められ、真実、原告が被告c支店で問題なく業務を処理していたというならば、これを裏付けるに足りる電子メール等を証拠として提出してしかるべきである。)。また、原告の上記供述等は、前記・・・のとおり、原告が現にその業務処理において複数の失敗を重ねてきたことと矛盾するものであるし、原告が、本件各面談におけるやりとりを自己防衛のために録音していたというのに(原告本人)、上記に説示のとおり、本件各面談の席上でそれぞれ業務上の失敗があったことを認める旨繰り返し発言していたこととも整合しない。かえって、被告からは、原告が被告c支店で就労中に多種多様の業務上の失敗を繰り返していたとの旨記載されたd支店長、e、h、gらからの聴取り報告書(乙4ないし8)が提出されている。以上に照らし、原告の上記供述等は採用しない。」

3.失敗を認める旨繰り返し発言していたことが問題視された

 判決文上明確ではありませんが、書きぶりからすると、甲15号証の1~4は面談での状況の録音だと思われます。原告の方は、業務上の失敗があったことを否定していました。しかし、面談での状況の録音では失敗があったことを認めるかのような発言をしていたようであり、これが裁判所の心証に決定的な影響を与えたように思われます。

 本件で原告側が甲15号証の1~4を証拠提出した経緯は分かりませんが(甲号証=原告側が提出する証拠)、本件のような紛争類型では、その場で争った痕跡を残していないことが不利に扱われる可能性も否定できないため、こうした証拠は、そもそも提出しないという訴訟戦略をとることも考えられたかも知れません。

 録音をするにあたっては、

① どの場面で録音をするのか、

② 秘密録音にするのか、相手方に告知したうえで録音をするのか、

③ 相手方からどのような供述を獲得することを目的に据えるのか、

④ 当方は、どのような発言を記録しておくべきなのか、

など検討すべき点が多々あります。

 また、

⑤ 取れた録音を裁判上の証拠として提出するのか、しないのか、

も優れて専門的な判断が必要になります。

 割とデリケートな証拠であるため、録音を取るにあたっては、その段階から取り方を弁護士と打ち合わせておくことが推奨されます。