弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇事案は就業規則の文言に注意-改善の兆しさえあれば解雇を否定できることがある

1.労働契約法16条よりも解雇に厳しい就業規則の存在

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。この条文により、使用者による解雇には厳しい制限が課せられています。

 この条文とは別に、使用者には就業規則を作成する際、解雇事由を定めておくことが求められています(労働基準法89条3号)。

 使用者が作成するという都合上、就業規則で定められている解雇事由が、労働契約法16条の解釈・適用に関する裁判例群からうかがわれる相場水準よりも、更に解雇権の行使を制約する形になっていることは、なさそうにも思われます。

 しかし、実際に労働相談の場面で就業規則の文言を検討していると、解雇権の行使が可能な範囲を労働契約法16条が想定しているよりも更に限定しているかのように理解できる規定を目にすることは少なくありません。最近行われた弁護士会の研修においても高名な弁護士が言及していましたが、このような場合に地位確認請求を認容してもらう可能性を高めるためには、就業規則に規定されている解雇事由への該当性を厳しく問題にして行くことになります。

 近時公刊された判例集にも、解雇事由を定める就業規則の文言が労働者側の有利に働いたと思われる裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.1.28労働判例ジャーナル124-48 デンタルシステムズ事件です。

2.デンタルシステムズ事件

 本件で被告になったのは、コンピュータシステムの開発・販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、令和元年12月27日に被告から雇用され、令和2年2月1日から被告から令和2年7月31日まで営業担当職員として勤務していた方です。令和2年7月31日、同日付けで被告から解雇と言い渡されました(本件解雇)

 本件解雇は解雇通知書によって行われ、そこには、

「当社の上半期の業績が前年比50%減で1億6000万円の赤字であり、貴殿に対し営業活動の指導を行ったにもかかわらず、行動の変化が見られなかったため当社就業規則第47条(解雇)第1項〔1〕に基づき2020年7月31日をもって解雇いたします。」

と書かれていました。

 そして、解雇通知書で引用されている就業規則47条(解雇)第1項〔1〕には、

「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みが無く、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」

と書かれていました。

 こうした条項に基づく解雇は違法であるとして、原告が被告に対して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、解雇の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告に営業担当職員として採用され、令和2年2月から被告における勤務を開始したものであるが、なかなか顧客からの受注を取り付けることができず、同年7月31日の本件解雇に至るまでの原告の受注件数は3件にとどまった。上記受注件数は、被告から示された同年6月に2件、同年7月に3件とのノルマを下回るものであった。

「しかし、原告が取り扱っていた商品は、歯科医院で使用するレセプト作成補助用のソフトウェアであり・・・、その性質上、顧客側のニーズは限定的で、被告の営業担当職員が顧客に対して営業をかけても、容易く契約を受注することができるものではなかったといえる。加えて、同年4月10日から同年5月6日までの期間においては、新型コロナ感染症拡大の影響により、被告においても対面での商談が禁止されていたところであり・・・、原告は、同時期において未だ試用期間中又は試用期間が終了して間がなく、被告における業務の経験も少なかったから、同時期及びその直後頃において原告が的確な営業活動を行うことは困難であったといえる。原告の上司であったCも、同時期頃における原告の業務内容について、特段苦言を呈するようなことはなかった・・・。」

「上記のような環境に置かれつつも、原告は、同年7月の1か月間に合計3件の契約を受注することに成功し、これを受けて、Cは、原告に対し、同月27日、『3本目の受注おめでとうございます。7月は今週までなので、遠慮なく、5本受注まで張り切っていきましょう。』と述べて原告を労うとともに、更なる奮起を促すなどしていた・・・。また、原告は、業務に関するCとのコミュニケーションを密に行い、Cのアドバイスに素直に従って必要な業務に従事し、Cから当日の業務内容と翌日の業務予定を報告するよう求められればこれに速やかに応じ、Cから受注件数を増やすために検討している対応策を尋ねられればこれに的確に回答し、Cも原告の回答内容を肯定的に捉えていた・・・。」

「以上によれば、確かに、採用当初における原告の営業成績は振るわないものであったとはいえ、本件解雇がされた令和2年7月末頃には、原告の勤務成績又は業務能率には改善の兆しが見え始めていたのであって、原告の勤務成績又は業務能率が著しく不良である状況が将来的にも継続する可能性が高かったものと証拠上認めることはできない。Cとのコミュニケーションの取り方から見て取れる原告の勤務態度等にも鑑みれば、原告の勤務成績又は業務能率につき、向上の見込みがなかったとはいえない。

(中略)

以上のとおりであって、在職中における原告の営業成績は振るわないものであったとはいえ、本件解雇がされた令和2年7月末頃の時点において、原告の勤務成績又は業務能率に向上の見込みがなかったとはいえないから、原告に就業規則所定の解雇事由は認められない。また、仮に解雇事由が認められる余地があったとしても、原告を解雇せざるを得ないほどの事情があるものと証拠上認めることはできない。

「よって、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから、解雇権を濫用したものとして無効となる(労働契約法16条)。」

3.改善の兆しが見えている

 入社以来、原告の方は、ノルマを達成することができていませんでした。入社から4か月は契約0件で、5か月目に2件、6か月目に3件の契約を得ただけでした。

 絶対値で評価する限り、営業職として中途採用された原告は、解雇されても不思議ではなかったように思われます。しかし、解雇事由が就業規則上、

「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みが無く、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」

と規定されていた関係で、被告では「向上の見込み」がないことまで立証できなければ解雇が認められない形になっていました。裁判所は、

「就業規則所定の解雇事由は認められない。また、仮に解雇事由が認められる余地があったとしても、原告を解雇せざるを得ないほどの事情があるものと証拠上認めることはできない。」

などと持って回ったような表現をしていますが、これは仮に労働契約法16条所定のハードルを満たす解雇事由があったとしても、現に契約数が増加傾向にある以上、被告の就業規則の規定のもとでは解雇事由を認めることができないということが言いたかったのではないかと思われます。

 書式を流用しているのか不明ですが、冒頭で述べたとおり、解雇のハードルを労働契約法16条の水準より更に上げている就業規則を見ることは、実務上それほど珍しいわけではありません。

 こうした場合、いきなり労働契約法16条の解釈論に飛びつくのではなく、飽くまでも就業規則の文言との関係で解雇の可否を議論して行かなければならないことに留意する必要があります。