弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働条件の切り下げか、ノーワーク・ノーペイかの二択を迫られたら・・・

1.ノーワーク・ノーペイの原則と「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」

 「ノーワーク・ノーペイの原則」というルールがあります。これは「労働者が就労していない場合には、賃金請求権は発生しない」という原則をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』12頁参照)。

 しかし、働かないと常に賃金が発生しないかというと、そういうわけでもありません。民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。噛み砕いて言うと、使用者の責めに帰すべき事由によって、労務提供債務を履行することができなくなった場合、使用者は賃金請求を拒むことができないという意味です。

 しかし、「使用者の責めに帰すべき事由」によるのかどうかは、規範的な価値判断を含むため、それほど明確に判断できるわけではありません。新型コロナウイルスが影響していた時に、仕事を用意できないことが会社の責めに帰すべき事由にあたるのかという紛争が頻発したことは記憶に新しいのではないかと思います。

 近時公刊された判例集にも、出勤しなかったことが使用者の責めに帰すべき事由によるのか否かが問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令7.1.24労働判例ジャーナル159-52 ウェーブライン事件です。

2.ウェーブライン事件

 本件で被告になったのは、一般貨物運送事業等を業とする株式会社(被告会社)と被告会社の代表者(被告B)です。

 原告になったのは、平成30年11月1日から被告会社に期間の定めなく雇用され、トラックドライバーとして運送業務に従事してきた方です。残業代や出勤停止を言い渡されて以降の賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本日、焦点をあてたいのは、出勤停止以降の賃金請求の可否です。

 原告の方は飲料運搬業務(飲料業務)に従事していましたが、担当業務を飲料業務以前の業務に戻すよう被告に求めていました。

 こうした要望を受け、被告従業員Cは原告との間で、次のような面談を行いました。

(裁判所の事実認定)

「原告は、令和4年6月9日の終業後、Cと本件面談を行った。その際、Cは、飲料業務が嫌であれば、給料は下がるものの、別の業務を担当するかと尋ねたのに対し、原告は、飲料業務を担当することは希望しないが、給料が下がることについては受け入れられない旨回答した。」

「Cは、原告の回答を受けて、原告に対し、飲料業務を外れてもらうこと、及び原告の希望する給料を支払える仕事がないため同月13日以降は出勤しなくてもよい旨を告げた。」

 本件では、このような経緯のもとで出勤を停止されたことが被告会社の「責めに帰すべき事由による」といえるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、被告会社の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「原告が被告会社における業務に従事しなくなったのは、本件面談においてCが原告を出勤停止としたことによるものであるところ、被告会社は、出勤停止とした理由について、

〔1〕原告は本件業務を担当できない状況にあったこと、

〔2〕原告が飲料業務を拒否したこと及び

〔3〕他に選択できる業務があるのに原告がこれを選択しなかったこと

によるものであるから、原告が業務を放棄したに等しく、原告の就労不能は被告会社の責めに帰すべき事由によるものではないと主張し、証人Cはこれに沿う供述をする。」

「しかし、前記〔1〕について、1月14日事件により原告が同日の業務を遂行できなかったとの事実は認められず・・・、本件発注元が原告の関与を拒むようになる契機があったかは疑わしく、実際、原告が業務に復帰した際に担当した飲料業務は本件発注元の紹介した業務であり、かつ、業務開始時に本件発注元の役員が原告とともに飲料発注元に挨拶に行ったこと・・・、飲料業務を担当するようになった後も、原告が本件業務を担当する日があったこと・・・などが認められ、他に本件発注元が原告に業務を担当させないよう求めていたことをうかがわせる証拠は見当たらない。そうすると、原告に本件業務を担当させることができない状況であったとの事実を認めることはできないから、被告会社の前記主張は、その前提を欠く。」

「また、この点をおくとしても、原告は、令和4年6月30日、Cに対し、飲料業務は好きではないものの仕事がないよりはよい旨の連絡をしており・・・、本件面談時、原告が飲料業務を希望しない旨述べたことは、一切の業務を割り当てられなくなる場合であっても飲料の業務を拒否する趣旨で発言したものとは解されない。また、そもそも、原告と被告会社との間では、業務内容が変更された場合に別途の合意なくして賃金が変動することが労働契約の内容となっていたとは認められない・・・ところ、Cが飲料業務に代わるものとして原告に提案した業務は、本来支給されるべき日給2万2000円を下回ることはもとより、飲料業務の時点で支給されていた1万9000円よりも低額の賃金を支給することを前提に提案されたものであったというのである・・・から、原告がそのような業務は希望しないという意思を伝えたとしても、それは、賃金減額の拒否を意味するにとどまり、これを、就労を拒否したものと評価することは相当でない。そうすると、上記〔2〕及び〔3〕を理由として、原告が就労することを拒否したと評価することもできない。」

「以上によれば、原告が就労を拒絶したとか、原告に就労の意思がなかったと認めることはできず、被告会社の主張は理由がない。原告は、被告会社から正当な理由なく出勤を停止されたことにより就労ができなかったものというべきであり、原告は、本件面談以降、被告会社の責めに帰すべき事由により就労できなかったものと認めることが相当である。」

3.労働条件の切り下げかノーワーク・ノーペイかを突き付けられたら・・・

 労働条件の切り下げか解雇かを突き付けられる例は少なくありません。

 しかし、使用者側が解雇規制の強さを警戒しているのか、時々、労働条件の切り下げか、ノーワーク・ノーペイかを突き付けられている例を見ることもあります。ここで労働者が労働条件の切り下げに応じないと、解雇するわけでもなく、仕事をあてがわず、ノーワーク・ノーペイのもと賃金を支払わないことが強行されます。

 当たり前ですが、労働条件の切り下げに応じないなら仕事はさせないし賃金も支払わないといった一方的な交渉態度が、そう簡単に正当化されることはありません。どちらも断れば、就労できなかった責任は会社にあるとして、賃金を請求できる可能性は高いのではないかと思います。

 裁判所の判断は、労働条件の切り下げか、ノーワーク・ノーペイかを突き付けられている労働者の弁護活動を行うにあたり、実務上参考になります。