弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会計年度任用職員の雇止めに対する法律構成-義務的経費の支出のための手続を行わなかったことを理由とする国家賠償請求

1.有期任用公務員の雇止め

 有期任用公務員に対する雇止め(再任用拒否)が問題になった事案で、地位確認請求が認められることは普通ありません。公務員は労働契約法の適用除外となっており(労働契約法22条1項)、同法が規定する雇止め法理は適用も類推適用もされないからです。

 そのため、再任用拒否の適法性を争うにあたっては、地位確認+俸給請求ではなく、国家賠償請求の形で試行錯誤されてきました。

 近時公刊された判例集に、この再任用拒否に係る国家賠償請求との関係で、珍しい法律構成が試みられた裁判例が掲載されていました。札幌地裁令5.2.9労働判例ジャーナル138-33 喜茂別町事件です。

2.喜茂別町事件

 本件で被告になったのは、地方公共団体である喜茂町です。

 原告になったのは、被告で地域プロジェクトマネージャーという会計年度任用職員として働いていた方です。令和3年8月11日、町長から、

任期を同日から令和4年3月31日までとする

非常勤の会計年度任用職員として、

地域プロジェクトマネージャーに任用されました。

 本件の被告は、令和4年2月8日時点で、原告に対し、常勤として勤務する場合の条件の条件の概算について、書類で説明を示して説明していました。

 このような経緯がありながら、原告は、被告から令和4年度に地域プロジェクトマネージャーに任用されませんでした。これを受けて、原告の方は令和4年度の給料相当額を損害とする国家賠償請求訴訟を提起しました。

 本件で独特なのは、原告が使った法律構成です。

 被告議会は令和4年度の原告の地域プロジェクトマネージャーの給料を削減する議決をしました(本件議決)。原告が使ったのは、本件議決に対し、長が再議・義務的経費の支出といった手続を踏んでいないのが違法だという理屈です。

 地方自治法や地方公務員法には、次のような定めがあります。

(地方自治法177条1項2項)

普通地方公共団体の議会において次に掲げる経費を削除し又は減額する議決をしたときは、その経費及びこれに伴う収入について、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付さなければならない。
一 法令により負担する経費、法律の規定に基づき当該行政庁の職権により命ずる経費その他の普通地方公共団体の義務に属する経費
二 非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費
② 前項第一号の場合において、議会の議決がなお同号に掲げる経費を削除し又は減額したときは、当該普通地方公共団体の長は、その経費及びこれに伴う収入を予算に計上してその経費を支出することができる。

(地方自治法204条1項)

普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員(教育委員会にあつては、教育長)、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長若しくは書記長、委員の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員並びに短時間勤務職員及び地方公務員法第二十二条の二第一項第二号に掲げる職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。

(地方公務員法22条の2第1項)

次に掲げる職員(以下この条において「会計年度任用職員」という。)の採用は、第十七条の二第一項及び第二項の規定にかかわらず、競争試験又は選考によるものとする。
一 一会計年度を超えない範囲内で置かれる非常勤の職(第二十二条の四第一項に規定する短時間勤務の職を除く。)(次号において「会計年度任用の職」という。)を占める職員であつて、その一週間当たりの通常の勤務時間が常時勤務を要する職を占める職員の一週間当たりの通常の勤務時間に比し短い時間であるもの
二 会計年度任用の職を占める職員であつて、その一週間当たりの通常の勤務時間が常時勤務を要する職を占める職員の一週間当たりの通常の勤務時間と同一の時間であるもの

 原告の使った理屈をかみ砕いて言うと、

常勤の会計年度任用職員への給料の支出は、地方自治法204条1項で支出義務が規定されている都合上、地方自治法177条1項1号が規定する義務的経費に相当する、

義務的経費である以上、議会が削減した場合には、長の再提出義務がある、

議会が給料を削減しても、長は給料を予算計上して支出できたはずでもある、

そうした権限を行使せず、給料の支給を止めたことは違法だというのが被告の反論の骨子です。

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、これを排斥し、請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

地方自治法177条1項1号所定の『その他の普通地方公共団体の義務に属する経費』(義務的経費)とは、『法令により負担する経費』及び『法律の規定に基づき当該行政庁の職権により命ずる経費』以外の経費であって、法律上の原因により普通地方公共団体が当該年度において、議決の当時すでに支出をすべき義務が確定しているものを指すと解される。

本件において、本件議決当時、原告が令和4年度の地域プロジェクトマネージャーとして任用されていなかったことは争いがなく、令和4年度の地域プロジェクトマネージャーとしての原告の給料を支出すべき義務は、確定していなかった。そうすると、原告の主張は、後記のとおり原告が縷々主張する点を考慮しても、採用の余地がないものである。

「原告は、令和4年3月8日に、原告と被告の間で、原告を令和4年度の地域プロジェクトマネージャー(常勤職員)とする旨の約定が成立しており、これにより被告に原告に対する給与の支払義務が生じたと主張する。」

「しかし、地域プロジェクトマネージャーは、地方公務員法22条の2第1項所定の地方公務員であるところ、公務員の身分関係は任用により生ずるものであり、本件において原告が被告に任用されていないことは争いがないから、原告が、被告との間で、地方公務員法22条の2第1項2号所定の職員となっていたとは認められず、原告の主張は採用できない。」

原告は、義務的経費に含まれる地方自治法204条1項の給料は既に採用されている常勤の会計年度任用職員について支給すべきものに限られず、採用が予定されている常勤の会計年度任用職員に対して支給すべき給料も義務的経費に含まれると主張し、被告においては地域プロジェクトマネージャーの任期を3年間と予定しており、令和4年2月8日に、被告代表者町長から原告に対し、令和4年度の採用を前提とした条件の提示があったから、令和4年度の地域プロジェクトマネージャーとしての原告の給料も義務的経費に含まれる旨主張する。

しかし、採用予定者の給料が義務的経費に当たるという原告の上記の主張は、独自の見解にすぎず、採用することはできない。

「よって、原告に対する給料が義務的経費に含まれることを前提として、被告代表者町長の不作為に国家賠償法上の違法があるという原告の主張は採用できない。」

3.義務的経費だとの主張が認められなかった

 以上のとおり、裁判所は、

義務的経費であるのに再議・支出しないのはおかしい

という議論は採用しませんでした。

 普通思いつかない珍しい法律構成であり、先例性に乏しい中での裁判所の判断として参考になります。