弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授の復職-模擬授業の実施を提案されたら・・・

1.休職からの復職

 休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。

 ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 傷病が治癒したのかを判断するにあたり、リハビリ出勤/試し出勤と呼ばれる期間が設けられることがあります。この場合、リハビリ出勤/試し出勤期間中の勤務状況を見て、治癒したのかどうかが判断されることになります。

 リハビリ出勤/試し出勤は一般的な仕組みですが、その亜種として、何らかの理由で休職していた大学教授の方が復職をするにあたり、傷病が治癒したのかを確認するため、大学当局側から模擬授業の実施を提案されることがあります。

 このような提案が大学当局から寄せられた場合、どのように対応すればよいのでしょうか?

 考え方としては二つあります。

 一つは、模擬授業で休職前と同じようなパフォーマンスを発揮できれば誰からも文句はつかないはずだとして、大学当局側の提案に応じるという考え方です。

 もう一つは、粗探しの材料を与える危険性を排除するため、大学当局側の提案を拒否したうえ、他の方法で治癒の立証を試みるという考え方です。

 傷病からの回復状況、大学当局からの申入れの経緯、大学当局に対する不信感の有無や内容、拒否した場合に裁判所の理解を得られる説明の可能性など、事案の個性を踏まえた多岐に渡る検討が必要で、この問題への回答は一義的に決めることができるわけではありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.1.25労働経済判例速報2524-3 早稲田大学事件です。

2.早稲田大学事件

 本件で被告になったのは、早稲田大学(被告大学)等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告大学の教育・総合k額学術院の教授であった方です。

 脳出血(本件傷病)を発症し、後遺症として、右片麻痺、運動性失語、高次脳機能障害が残り、年次有給休暇⇒傷病欠勤を経て、休職に入りました。

 休職期間満了により解任されたことを受け(本件解任)、休職期間満了時に休職原因は消滅していたと主張し、本件解任は無効であるとして、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つに、被告大学から模擬授業の実施が提案されていたことがあります。原告は提案を拒否していました。裁判所は、結論として、本件解任を有効とし、原告の請求を棄却しましたが、模擬授業を拒否したことについては、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「C産業医による産業医意見書、D医師による意見書等、B病院の医師による診断書によっては、原告が休職期間満了時に教授としての職務を通常の程度に行うことができる健康状態に回復していたと認めることはできない(なお、原告は、復職が可能であったことの裏付けとして、模擬的に授業を行う様子を撮影した録画データ・・・を提出するが、これによっても、原告が学生との間で同時性ないし即応性を有する双方向のコミュニケーションが可能であったことは示されていない。)」

「他方、前記認定事実・・・のとおり、被告は、本件面談時における原告の様子を踏まえ、原告が被告大学の教授として復職して授業を行える状態ではないと判断したものであるが、本件面談時における被告側参加者と原告とのやりとりの状況(日常的な質問に対する回答を含め、被告側の質問に対して原告本人が回答せず、原告妻が答えて原告が反復する場面が多々あった。)に加え、原告妻において、原告が肉声による授業の実施を考えていることや、原告がPCに入力することには時間を要する旨の発言がなされ、これらの発言により、テキスト入力等の方法により原告の意思を表出することも困難であると窺われたことに照らせば、原告につき、学生との間で同時性ないし即応性を有する双方向のコミュニケーションを行う能力を有しているとは認めがたい状況にあったといえ、被告が上記のような判断をしたのも無理からぬものということができる。」

「そして、被告は、原告につき休職事由が消滅していないとの判断をしつつも、復職の可否を見極めるため模擬授業の実施を原告に提案したものであるところ(・・・その際、休職期間の延長も行っている。)、被告における休職制度は解雇を猶予する趣旨の制度であって、使用者である被告において、労働者である原告の復職可否の判断(すなわち、従前の職務を通常の程度に行うことができる健康状態にあるか否かの判断)を行うことが当然に予定されているといえ、当該判断を慎重に行うため、必要な判断材料を収集しようとすることには合理性が認められることや、C産業医が意見書において指摘する配慮につき、被告が具体的な検討を行う前提としても、原告が行い得る授業の形態等につき具体的な情報が必要となることからすると、被告による上記提案もまた、合理的なものということができる。これに対し、原告は、前記認定事実・・・のとおり、復職の可否を判断するための模擬授業には応じられないとの態度をとり、最終的には被告による日程調整の連絡にも回答しなかった結果、模擬授業は実施されず(なお、原告がほかに復職可能であることに係る情報提供をした形跡もない。)、被告において、復職可否の判断を行うための判断材料を得ることができなかったものである。

かかる経緯をも踏まえると、原告については、休職期間満了時である令和2年3月31日の時点において、被告大学の教授としての職務を通常の程度に行える健康状態にあったとは認められず、また、当初軽易な作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態にあったと認めることもできない。

3.模擬授業の提案はどうするべきだったのか?

 事件進行中の判断は決して容易ではないのですが、本件の場合、未来から過去を振り返ってみると、模擬授業の提案を受けなかったことは裏目に出たようです。

 復職の局面で不信感が生じるのは分かるのですが、特定の上司のもとで復職したくないというのであればともかく、使用者からの評価自体に信を措けないとなると、そうした気持ちを持っていること自体、復職の可否の判断に積極的な影響は与えないのではないかと思います。

 現時点での私見としては、模擬授業の提案のようなものがあった場合、基本的には受けが方が良いのではないかと思います。ただ、例外的に、裁判所に受けない理由を説得できると確信できる時に限り、提案を受けないことが行使可能な選択になるのだと思います。