弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分と懲戒事由との結びつきが厳格に理解された例-不祥事委員会や理事会における議論の経過を確認する

1.懲戒事由の追加

 懲戒事由の追加は基本的に認められていません。

 例えば、西谷敏『労働法』〔日本評論社、第3版、令2〕240-241頁には、

「懲戒処分は、労働者の具体的な非違行為に対して行われる制裁であり、処分の適法性は、その理由とされた非違行為との関連で判断されるべきものである。したがって、懲戒処分の当時、使用者が認識していなかった非違行為は、当該懲戒処分の有効性を根拠づけうるものではなく、使用者が裁判において新たな事実を追加主張することはできない。」

と記述されています。

 このように懲戒処分の効力は、当該処分と結びついた懲戒事由との関係で議論されるべきものです。

 それでは、この懲戒処分と懲戒事由との結びつきですが、情状的な事実との関係でも、同じように厳格に理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令4.4.28労働判例1291-45 東京三協信用金庫事件です。

2.東京三協信用金庫事件

 本件で被告になったのは、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫です。

 原告になったのは、被告と労働契約を締結し、本部事務部長等を歴任された男性です。総合職の女性職員に対し、精神的苦痛を与える発言をして、当該職員に通院治療を余儀なくさせたことを理由に、部長職から考査役職に降格する旨の懲戒処分を受け、

懲戒処分が無効であることの確認、

本部部長の地位にあることの確認、

役付手当の支払を受けられる地位にあることの確認、

懲戒処分がなく昇格していたとすれば獲得していたであろう地位の確認

などを求めて提訴したのが本件です。

 本件で被告が主張した問題となる言動は、次のとおりでした。

(被告の主張)

「原告は、平成31年2月15日午前9時頃、被告の本店社屋内において、Aに内線電話を架けるや、30分間余りにわたって、

①『あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにペタペタ貼り付けて、CCに部長とIを入れて、勝手に送ってるけど、何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなことも分からないで、何勝手なことしてるんだよ。』(以下『本件発言①』という。)、

②『外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさぁ。あなたが勝手なことをしてるって皆言ってるぜ。『(以下『本件発言②』という。)、

③『ついでだから言うけど、この前のHへの態度「言いましたよね、言いましたよね」ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。』(以下『本件発言③』といい、これらの各発言を併せて『本件各発言』という。)

などと怒鳴りながらAを罵倒、叱責した。」

 こうした発言は、裁判所においても、事実として認定されています。

 本件では、その後、Aが適応障害を発症し、長期間欠勤して被告を退職するに至ったという事情がありました。原告は、懲戒処分の相当性との関係で、こうした事情を本件懲戒処分の相当性判断における考慮要素とすることは不相当だと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、本件懲戒処分の効力は維持されています。

(裁判所の判断)

「本件懲戒処分に先立って開催された不祥事委員会では、当初、原告のAに対する発言に関し、本件各発言のほか、年末調整の際の発言や2月15日の話合いの際の発言も調査対象とされていたが、その後、関係者のヒアリング等の調査を経た結果、3回目の不祥事委員会において、主に2月13日の説明会や2月14日の打合せを前提としてされた平成31年2月15日午前中の内線電話による本件各発言がAに対するパワーハラスメントに該当するか否かが議論されるに至ったこと、不祥事委員会における調査を踏まえた常勤理事会及び臨時理事会においては、検討対象を原告のAに対する平成30年12月の年末調整に係る保険料控除申告書の記載に関する内線電話における発言及び平成31年2月15日午前中の内線電話における本件各発言に限定して協議がされ、最終的にはAが同年2月15日の内線電話における原告の本件各発言によってCクリニックを受診したという事実を認定することができるものとして、本件懲戒処分の処分量定の検討を行ったこと、被告が原告に交付した本件懲戒処分に係る懲戒処分通知書にも、処分の理由として『平成31年2月15日に総務部職員に対して精神的苦痛を与える発言を行い、過度な心理的負担により同職員の健康を損ねたこと』を処分理由とすることが明記されていることが認められる。」

(中略)

「原告は、Aが適応障害、長期休職及び退職に至ったのは、令和元年6月頃にAとE常務理事が私的に交際している旨が記載されている匿名の文書が被告に送付されてきたことや7月1日付けで本店渉外係に異動となったことが原因であって、原告の発言に起因するものではないから、上記の事情を本件懲戒処分の相当性判断において考慮することは相当でない旨を主張する。」

「しかし、前記・・・において認定し説示したとおり、本件懲戒処分は、原告がAに対して本件各発言を行い、これによりAが健康を害してメンタルクリニックを受診したことを理由としてされたものであって、前提事実等において認定したとおり、本件不祥事委員会及び理事会においても本件懲戒処分を決定するに当たり、Aが適応障害を発症したことや長期休職及び退職に至ったことはしん酌されていないことが認められる。そうすると、原告が主張する事情は、本件懲戒処分の相当性を検討するに当たって、当初より考慮事情とはされていない事柄であるといえるから、原告の本件各発言によりAが適応障害、長期休職及び退職に至ったか否かについては、本件懲戒処分の相当性を検討するに当たっても判断を要しないものというべきである。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであり採用することができない(この点、原告は、被告が本件訴訟の経過において、本件懲戒処分はAの退職と関係ないと主張を変遷させた旨を主張するが、前示のとおり、Aが退職した事実は本件懲戒処分の理由となる事実ではなく、Aの退職の有無にかかわらず本件懲戒処分が客観的合理性、社会的相当性を欠くものではないことは、前記・・・において認定し説示したとおりであるから、原告の上記主張も採用することができない。)。

3.懲戒処分の処分量定の審議プロセスは要確認

 本件は他事考慮をしたのではないかという原告の問題提起に対し、多事考慮はしていないという脈絡の中で、懲戒処分の処分事由の結びつきが議論されています。

 しかし、個人的な実務経験に照らすと、このような争われ方がされる例は、それほど多くありません。多くの事件では、使用者の側から、重たい懲戒処分の処分量定の正当性を基礎づけるため、情状の名のもとに大量の事実が主張される例の方が圧倒的に多いといえます。本件の判示は無秩序に情状事実を追加してくる使用者の動きを牽制するために活用できる可能性があります。

 また、懲戒処分と事実との紐づきを判断するにあたり、不祥事委員会や理事会における議論の経過が参照されている点も特徴的です。考慮される情状の範囲を画するためにも、懲戒処分の効力を争うにあたっては、処分量定がどのような議論を経て決定されたのかを議事録等で確認しておく必要があります。

 労働者側敗訴の事案ではありますが、本件の判示は他の事案で労働者側の有利に活用できる可能性があり、参考になります。