弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

情報漏洩で懲戒免職になった例

1.情報漏洩の処分量定

 公務員の懲戒処分の効力を争う事件で、情報漏洩についての処分量定が問題になることは少なくありません。しかし、対象となる情報の性質や量、実際に外部への漏洩が生じたのかなどの事実関係が多岐に渡っているため、何を・どこまでやれば・どのような処分が下るのかは、必ずしも明確に予測できるわけではありません。

 そのため、量定感覚を磨くには、公刊物で裁判例が公表されるたびに、その内容を精査し、記憶に留めておくようにするよりほかありません。近時公刊された判例集に、懲戒免職が有効とされた裁判例(大阪地判令3.3.29労働判例ジャーナル113-42 堺市事件)が掲載されていたので、備忘を兼ね、ご紹介せて頂きます。

2.堺市事件

 本件は、選挙事務等の業務に関して取り扱っていた被告堺市の選挙有権者データを無断で持ち帰り利用したこと等を理由に懲戒免職処分を受けた原告職員が、その取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 本件で処分事由とされたのは、次の7つです。原告は事実関係を争いましたが、結局、いずれの事実も裁判所で認定されています。

「『被処分者は、平成18年度から平成23年度において在籍していた北区選挙管理委員会事務局(北区企画総務課)において、業務上取り扱っていた選挙事務等の補助システム(以下『選挙補助システム』)を上司に無断で自宅に持ち帰り、保守作業を行うとともに、全市域の約68万人の選挙有権者データを持ち帰り、自ら改良したシステム(以下『自作システム』)の動作確認に利用していた。』(以下『処分事由〔1〕』という。)」

「『平成24年4月に公益財団法人堺市産業振興センターに異動となった後も、自宅において自作システムの改良を重ね、堺区選挙管理委員会事務局の職員を通じ、堺区の選挙システム用パソコンの空き領域に自作システムを取り込み、自作システムの動作確認を行った。』(以下『処分事由〔2〕』という。)」

「『また、平成25年8月頃から平成27年1月にかけて複数の民間企業や自治体に対し自作システムの売込みを行っていた。』(以下『処分事由〔3〕』という。)」

「『平成26年6月、被処分者は、公益財団法人堺市教育スポーツ振興事業団の事務局長から、出退勤管理業務のシステム化について依頼を受けた。システムの構築の過程で当該団体職員から従業員の個人情報を含むデータを受け取っていたが、システム稼働後も預かった個人情報を返却することなく、被処分者所有のポータブルハードディスクに保管し続けていた。』(以下『処分事由〔4〕』という。)」

「『被処分者は、平成27年4月、会計室に移動となった際、公益財団法人堺市産業振興センターの個人情報を含む業務関連データを無断で被処分者所有のポータブルハードディスクに移し、個人で契約していた民間のレンタルサーバーに保存した。その際、ポータブルハードディスク内には選挙有権者の個人情報を含む様々なデータも交じっており、これらデータが平成27年4月から6月までの間、インターネット上で閲覧可能な状態にあったもの。』(以下『処分事由〔5〕』という。)」

「『平成27年6月、市政情報課に匿名で通報があり、調査した結果、約68万人の選挙有権者の個人情報、公益財団法人堺市産業振興センターの事業に参加した方の個人情報、公益財団法人堺市教育スポーツ振興事業団の従業員の個人情報等が流出していることが判明したもの。』(以下『処分事由〔6〕』という。)」

「『また事情聴取において、明確な証言を行わず、自宅のパソコンやポータブルハードディスクのデータを消去、初期化する等、事案の全容解明に時間を要することとなったものである。』(以下『処分事由〔7〕』という。)」

 裁判所は、処分事由〔1〕~〔5〕を非違行為と認めたうえ、次のとおり判示し、懲戒免職処分を選択した被告の判断は適法であると判示しました。

(裁判所の判断)

「堺市職員の懲戒処分の基準に関する規則5条1項は

『第2条及び第3条の規定による懲戒処分(以下この条において単に『懲戒処分』という。)を行う場合において、複数の非違行為に該当するとき、虚偽の報告を行ったときその他処分を加重すべき事情があるときは、当該懲戒処分より重い懲戒処分を行うことができる。』

と定めている。」

「前述のとおり、処分事由〔1〕ないし〔5〕に係る原告の非違行為は、それぞれ、同規則2条に定められた非違行為(これに準じるものを含む。)に該当するものであるところ、処分事由〔3〕及び〔5〕は標準的な懲戒処分の種類として免職を含む同規則別表

『12 職務上知ることのできた秘密を漏らし、公務の運営に重大な支障を生じさせること。(免職又は停職)』

に該当し、又はこれに準ずるものである上、これらを中心に、複数の非違行為に該当するものとして加重すべき事情も認められるところである。」

「しかるところ、同規則4条は、

『前条の規定により懲戒処分を行う場合において、当該職員が行った非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、当該職員の職責、当該非違行為の前後の当該職員の態度、他の職員又は社会に与える影響その他懲戒処分の検討に当たり必要な事項を考慮し、懲戒処分の要否及び処分の内容を決定するものとする。』

として、上記・・・で述べた判断枠組みと同旨の考慮事情を定めている。」

「そこで、処分事由〔1〕ないし〔5〕に係る非違行為やこれに関連する事実である処分事由〔6〕及び〔7〕について更に検討するに、なるほど、本件では、被告において原告が個人的に開発した選挙補助システムを採用し、その後の改良作業を一時任せていたことや、産業振興センターから教育スポーツ振興事業団へ異動した原告の元上司が個人的関係から原告にシステムの開発依頼をしたことが、上記の事態に結びついた側面もあること、有権者データの流出の範囲に関し、多数の者が閲覧したような事実や悪用された事実は現在のところ確認されていないことのほか、原告は約30年以上にわたり懲戒処分等を受けることなく被告にて勤務し、その中で作成した選挙補助システムが被告に一定の利便をもたらしたといい得ること等、原告の主張する諸事情も存するところではある。

しかしながら、原告は、本件個人情報等を無断で自宅に持ち帰って長期間にわたって保有し続け、本件有権者情報を私的に行っていた自作システムの開発のために利用した上、自作システムの販売等のために、少なくとも重大な過失により、本件有権者データや本件参加者らデータ等の極めて高度かつ多量の個人情報を第三者から閲覧可能な状態にあった本件レンタルサーバー上に保管した結果、これらがインターネット上に流出する事態を招いたものである。

また、・・・原告は平成21年2月から平成24年3月31日までの間、北区における情報セキュリティに関する知識普及・啓発等の役割を担う情報化推進員に選任されていたものであり、情報セキュリティについて高い意識を持つべき立場にあったところ、長期間にわたり被告の情報セキュリティに関する諸規定に反する行動をとった上、流出の事態を招いたものであって、原告の個人情報の適切な管理に対する意識の乏しさは明らかというほかない。」

さらに、かかる事態そのものによる社会的影響は大きく、被告の調査等に係る人的物的負担及び被告に対する信頼低下等の支障も軽視できないものがある(現に本件選挙有権者データの流出に関して、被告の選挙有権者等約1000名が被告に対して損害賠償請求訴訟を提起するに至っている。)。

加えて、ポータブルディスクやパソコンの保存データ等の消去など、原告の事後の行動は、当時の原告の健康状態等を踏まえたとしても、不適切で、被告の損害を増大させたものといわざるを得ないものである。

本件は、被告の定めた懲戒処分の基準に照らし、原告の非違行為に対する懲戒処分として免職処分も検討されるべき事案であるところ、先に述べた非違行為の態様の悪質性や結果の重大性に加えて、その動機、過失の程度、事後の原告の対応状況及び社会的影響の程度等を踏まえると、処分行政庁が原告に対する懲戒処分として免職処分を選択したことが、社会通念に照らして著しく妥当を欠くものであったということはできない。

「なお、原告は、被告がヒアリングデータを隠滅しており、原告のみを非難の対象とすることで責任逃れをしており、平等原則に違反するなどと主張してもいるが、原告の上記非違行為は、原告の認識の甘さや長期間にわたる私的目的に基づく行動であるにとどまらず、自作システムの外部機関ないし業者に対する売込みや外部サーバーへのアップロードという質的に公務員の行動とは一線を画するものに至っていることによるものであって、原告の責任が最も重大であることを踏まえると、原告が主張する点は、上記認定判断を左右するものではない。」

3.懲戒歴がなく、上司からの依頼に端を発していて、顕著な悪用がなくてもダメ

 確かに、情報漏洩の人数や、その後の住民からの訴訟提起等の事実をみると、免職も当然であるかにも見えます。

 しかし、漏洩の対象は、DV被害者の住所・連絡先といった、外部への漏洩が深刻な事件に繋がりかねないような情報ではありません。クレジットカードに関する情報のように、第三者に取得されることで、経済的な実害が生じてしまう類の情報でもありません。懲戒歴がなく、元々上司からの依頼に端を発しているにもかかわらず、懲戒免職が有効というのは、やや酷な気がしないでもありません。

 とはいえ、1000人単位で集団訴訟を提起するなど、耳目を集めてしまうと(それにより公務への信頼が広く毀損されてしまうと)、やはり処分は厳しいものにならざるを得ないのかも知れません。

 いずれにせよ、本件は、情報漏洩に対する処分量定を考えるうえで、参考になる事件であるように思われます。