1.職場の総意であるかのように悪感情を伝える言葉
職場で上長から発せられる労働者を傷つける言葉には様々なものがありますが、その中の一つに「あなたは○○だって、みんな言ってるぜ」という言い方があります。「○○」の中には、「仕事ができない人」「頭の悪い人」「何考えているのか分からない人」「変な人」など悪口の類が嵌め込まれます。
他人の意見という形を前面に出すことで自分の身を守りつつ、相手に孤立感と屈辱感を受け付ける言い方であり、予てから問題だと思っていましたが、近時公刊された判例手に、この言い方が悪質な人格否定だと判示された裁判例が掲載されていました。昨日 もご紹介させて頂いた、東京地判令4.4.28労働判例1291-45 東京三協信用金庫事件です。
2.東京三協信用金庫事件
本件で被告になったのは、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫です。
原告になったのは、被告と労働契約を締結し、本部事務部長等を歴任された男性です。総合職の女性職員に対し、精神的苦痛を与える発言をして、当該職員に通院治療を余儀なくさせたことを理由に、部長職から考査役職に降格する旨の懲戒処分を受け、
懲戒処分が無効であることの確認、
本部部長の地位にあることの確認、
役付手当の支払を受けられる地位にあることの確認、
懲戒処分がなく昇格していたとすれば獲得していたであろう地位の確認
などを求めて提訴したのが本件です。
本件で被告が主張した問題となる言動は、次のとおりでした。
(被告の主張)
「原告は、平成31年2月15日午前9時頃、被告の本店社屋内において、Aに内線電話を架けるや、30分間余りにわたって、
①『あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにペタペタ貼り付けて、CCに部長とIを入れて、勝手に送ってるけど、何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなことも分からないで、何勝手なことしてるんだよ。』(以下『本件発言①』という。)、
②『外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさぁ。あなたが勝手なことをしてるって皆言ってるぜ。『(以下『本件発言②』という。)、
③『ついでだから言うけど、この前のHへの態度「言いましたよね、言いましたよね」ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。』(以下『本件発言③』といい、これらの各発言を併せて『本件各発言』という。)
などと怒鳴りながらAを罵倒、叱責した。」
原告はこれを否認しましたが、裁判所は、本件発言①~③の存在を認めたうえ、次のとおり述べて、懲戒事由に該当すると判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、Aから事務部用の初期ID及び初期パスワードがメールに添付されて送信されているのを確認するや、当該メールの送信方法が社内規程に基づかないものであると軽信し、従前からAがB金庫に勤務していた頃からの上司であったE常務理事を後ろ盾として勝手に業務を進めているなどと苦々しい思いを抱いていたことも相まって、Aからのメール送信の方法は不適切であり、これを注意、指導するという口実でAに内線電話を架け、本件各発言を行ったものと認められる。しかるに、客観的に見て、Aによる上記のメールの送信方法に関し、被告が定める情報セキュリティーに関する社内規程に違反するところがあったとはいえないから、Aにおいて原告から注意・叱責を受けるような落ち度はなかったものと認められる。さらに、原告において、仮にAの上記のメール送信方法等を含めて総務部と事務部との間で事務処理上の齟齬が生じたことを理由に注意ないし指導を行うのであれば、組織管理上、Aに対する第一次的な管理監督の職責を担うG部長に対して報告や指導の促しを行うのが通常であるから、本件各発言は、被告の組織内部の業務上の注意、指導の在り方という観点からみても不適切というべきである。」
「また、本件各発言の内容について検討しても、『あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにペタペタ貼り付けて、CCに部長とIを入れて、勝手に送ってるけど、何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなことも分からないで、何勝手なことしてるんだよ。』という発言(本件発言①)は、Aによるメールの送信方法が不適切であり、かつ、それをAが独断で行っている旨を告げて論難するものであるところ、前示のとおり上記のメールの送信方法に被告の社内規程に違反する部分はなく、また、Aは上司であるG部長等の了解の下にメールを送信したというのであるから・・・、本件発言①は何らの根拠もないままにAの業務遂行が不適切であると決めつけて一方的に非難するものというほかない。また、『外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさぁ。あなたが勝手なことをしてるって皆言ってるぜ。』との発言(本件発言②)は、もとより上記のメール送信方法の当否とは関連しない事柄であって業務上の注意、指導としての発言であるとはいえず、むしろ、自らのAに対する悪感情を他の職員の総体的な意見であるかように置き換えてAが周囲の職員から受け入れられていない旨を告げてAの人格を否定するものであり、甚だ悪質というべきである。加えて、『ついでだから言うけど、この前のHへの態度「言いましたよね、言いましたよね」ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。」という発言(本件発言③)も、その前提となったAのH代理に対する発言の当否は措くとしても、上記のメールの送信とは無関係の事柄であり、その発言内容に照らせば、職員同士の業務上のやり取りに関して生じた問題に対する指導というよりも、Aに対する悪感情の発露としてされたものと推断せざるを得ない。そして、前提事実等によれば、Aは、本件各発言により精神的に不調となり、本件各発言の3日後にはCクリニックを受診したことが認められる。
「以上のような本件各発言の内容及び態様並びに本件各発言を受けた後のAの状況等の諸事情を踏まえると、本件各発言は、時間の長短に関係なく、管理職という優越的地位にある原告が他部署の一職員であったAに対して一方的かつ高圧的に理由なくその業務作業を論難するともに、被告の組織内部において疎外されている存在である旨を告げてAに強度の心理的負荷を与えたものと評価すべきものと認められる。加えて、本来的にパワーハラスメントを抑止すべき職責にある管理職者が、自らが所掌する部署を超えて他の部署の職員に対し人格の否定を含む心理的負荷を与えることは、当事者間の人間関係や被害者への影響のみならず、当該部署間の関係性やそれを超えた企業全体の職場環境をも悪化させ、ひいては業務の生産性を低下させるものであって、企業秩序を乱し、組織を破壊しかねない行為であるから、部長職にある原告が業務上不必要かつ不相当な発言によってAに精神的苦痛を与え同人にメンタルクリニックを受診させたことは、役職員の就業環境を害する結果を生じさせ職場規律を乱すものと認めるのが相当である。」
「以上によれば、本件各発言は、本件パワハラ規程2条1項(役職員がその地位や人間関係などの金庫内の優位性を背景に、役職員に対し業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える行為または職場環境を悪化させるもしくはそれらのおそれがある行為)及び同規程2項2号(役職員に対する脅迫または名誉棄損若しくは侮辱、暴言のような精神的攻撃行為)並びに本件就業規則71条7号(賭博、風紀紊乱等(妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント、セクシュアルハラスメントおよびパワーハラスメント等、他の職員等の人格、名誉を傷つけるような言動を含む。)により職場規律を乱したとき、またはこれらの行為が職場外で行われた場合であっても被告の名誉と信用を著しく失墜させ、もしくは職場環境並びに取引関係に悪影響を与えたとき。)に該当するものと認められる。」
3.「みんな言っている~」調の発言はダメ
上述したとおり、裁判所は「みんな○○と言っている 」といった表現を悪質な人格否定であるとし、他人の言葉を使って部下を揶揄する問題のある言動だと評価しました。
実務上、それなりに多く耳にすることもあるフレーズで、これがハラスメントとして消極的な評価を受けたところは、記憶しておくとよい判示だと思います。