弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過剰申告があったとしても、パワハラの存否に関する労働者の供述の信用性は否定されないとされた例

1.過剰申告の危険

 ハラスメントに関連する事件を処理する際に気を付けなければならないことの一つに、過剰申告があります。

 これは、労働者が実際に受けた被害よりも、ハラスメントの内容を盛ってしゃべってしまうことを言います。

 過剰申告の何が問題なのかというと、盛っていない部分の供述まで信用してもらえなくなることです。盛った主張は、それほど簡単に通るはずもなく、概ねのケースで相手方から反証を挙げられます。結果、誇張しているのではないかと話していることの全てが色眼鏡で見られ、本当のことまで事実として認定してもらえなくなります。

 このような問題があるため、ハラスメントに関する事件では、主張が誇張を含まないよう、弁護士は慎重に労働者からの聴き取りを進めて行きます。

 しかし、厄介なのは、話を盛っている労働者の側に、必ずしも誇張しているという認識がないことです。嫌な出来事は短時間でも長く感じられるし、傷ついた言葉はより悪意に満ちたものであったかのように記憶が改変されがちです。そのため、どれだけ注意しても一定の誇張が入り込むことは避けられず、このことは被害者の供述しか証拠のない類型のハラスメント事件の処理が困難であることの一因となってきました。

 しかし、近時公刊された判例集に、大意、

被害者が時間を盛って話すのは仕方ない、

時間が盛られたからといって、何を言われたのかに係る被害者の供述が信用できなくなるわけではない、

という経験則を判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.4.28労働判例1291-45 東京三協信用金庫事件です。

2.東京三協信用金庫事件

 本件で被告になったのは、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫です。

 原告になったのは、被告と労働契約を締結し、本部事務部長等を歴任された男性です。総合職の女性職員に対し、精神的苦痛を与える発言をして、当該職員に通院治療を余儀なくさせたことを理由に、部長職から考査役職に降格する旨の懲戒処分を受け、

懲戒処分が無効であることの確認、

本部部長の地位にあることの確認、

役付手当の支払を受けられる地位にあることの確認、

懲戒処分がなく昇格していたとすれば獲得していたであろう地位の確認

などを求めて提訴したのが本件です。

 本件で被告が主張した問題となる言動は、次のとおりでした。

(被告の主張)

「原告は、平成31年2月15日午前9時頃、被告の本店社屋内において、Aに内線電話を架けるや、30分間余りにわたって、

①『あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにペタペタ貼り付けて、CCに部長とIを入れて、勝手に送ってるけど、何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなことも分からないで、何勝手なことしてるんだよ。』(以下『本件発言①』という。)、

②『外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさぁ。あなたが勝手なことをしてるって皆言ってるぜ。『(以下『本件発言②』という。)、

③『ついでだから言うけど、この前のHへの態度「言いましたよね、言いましたよね」ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。』(以下『本件発言③』といい、これらの各発言を併せて『本件各発言』という。)

などと怒鳴りながらAを罵倒、叱責した。」

 原告はこれを否認しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、本件各発言の存在を認めました。

(裁判所の判断)

「前記・・・の認定に対し、原告は、頭書のとおり、本件インストール作業に至る過程においてAに対して業務上必要な注意、指導は行ったが、本件各発言はしていない旨を主張し、同趣旨の供述をしているので・・・、上記・・・の各検討を踏まえ、原告の上記主張の当否について検討する。」

「まず、Aは、平成31年2月15日午前中に本件インストール作業に必要な初期ID及び初期パスワードの送信方法に関連して原告から内線電話を受け、その際、原告から本件各発言があった旨を供述しているところ・・・、本件各発言を受けた経緯はもとより、本件各発言を受けた後のAの行動についても特段不合理な点は見いだせず、また、これらの事柄に関するAの供述は不祥事委員会によるヒアリングや本件各発言の直後に作成したとみられる本件メモを通じて首尾一貫している・・・。殊に、前記・・・において認定したとおり、Aは、平成31年2月18日に心身の不調を訴えてCクリニックを受診し、J医師に対して受診に至った事情を詳細に説明しているところ、その内容は、不祥事委員会におけるヒアリング結果及び本件訴訟において作成した陳述書における供述と同趣旨であって、特段の変遷や誇張は見られない。加えて、前記・・・において認定したとおり、G部長は、本件各発言があった直後にAから本件各発言があった旨の説明を受け、Aから退職の申出を受けた後も、不祥事委員会の事務局担当者としてAからヒアリングを実施した際にもAから事情を聴取しているところ、いずれの時点においてもAが説明した内容に不自然、不合理な点はなく、その内容も要諦において一致している。加えて、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、Aは、原告から本件各発言を受けた後に涙が止まらなくなり総務部の事務室を出て本店6階の人事研修担当の執務室に移動して泣いていたところ、その一連の行動をI代理に目撃されており、Aの様子が普通ではないものと感じて後を追ってきたI代理とG部長に対し、原告から本件各発言があった旨を説明したこと、原告も本件インストール作業に必要な初期IDと初期パスワードの送付方法についてAに注意するために内線電話を架けて実際に注意したことを自認していること、前示のとおり、Aは、原告から内線電話を受けた3日後の平成31年2月18日には心身の不調を訴えてCクリニックを受診していることが認められ、これらのAの説明及び行動は原告から本件各発言を受けたとの事実と矛盾なく了解可能であるといえるとともに、Aが上記の内線電話で原告から受けた注意の内容が、Aの精神の平穏を著しく害し、心身の不調を来させるに足りる程度のものであったことが推察されるところである。」

「これに対し、原告は、本件各発言をしたことを否定しているが、前記・・・において認定し説示したとおり、本件各発言に至る経緯等に関する原告の供述はおよそ信用し難いといわざるを得ず、かえって、前記・・・において認定した本件インストール作業に至るまでの経緯に照らせば、原告において、本件インストール作業が自身の意に沿わないままに進められていることに関する苛立ち等からAに対する意趣返しとして本件各発言を行ったとしても矛盾しないものということができる。」

「以上のとおり、本件各発言の前後の経緯に関するAの供述に不合理な点や不自然な点は指摘し得ず、本件各発言を受けた直後に作成した本件メモの内容及び本件各発言があった日の3日後に受診したCクリニックのカルテに記載された受診内容等とも概ね整合していることに加え、本件各発言を否定する原告の供述に信用性が乏しいことと対比すれば、原告から本件各発言を受けた旨のAの供述は、原告側の反対尋問を経ておらず、その信用性について慎重な検討を要するものであることを十分しんしゃくしても信用性を肯定し得るものと認められ、これらのAの供述及びその他の関係証拠を総合すれば、前記・・・のとおり、原告がAに対し本件各発言をしたことは優に認められるというべきである(なお、Aは、原告から約30分間にわたって本件各発言を受けた旨を供述するが、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、Aが使用していたパソコン端末の利用ログ上、平成31年2月15日午前9時05分から同日午前9時19分までの間は操作されておらず、同日午前9時19分からグループスケジュールの印刷等の操作が開始され、同日午前9時27分頃からはシステム運用基準等の情報セキュリティー関係の被告の規程の検索、閲覧等の操作がされていたことが認められる。以上の事情によれば、本件各発言が30分間継続していた旨の被告の主張には合理的な疑問を差し挟む余地があるといえ、上記のログの状況及び本件各発言の内容に照らせば、・・・において認定したとおり、本件各発言がされたのは5分間程度であったと認めるのが相当である。もっとも、経験則上、パワーハラスメントに当たる発言を受けた被害者が、加害者から加害行為を受けた時間を主観的感覚に基づいて実際よりも過剰に申告するということはあり得ることであるから、Aの供述のうち本件各発言を受けた時間に関する部分については採用できないとしても、そのことをもって、本件各発言があった旨のAの供述部分の信用性が左右されるとまでは認められない。。」

・小括

「以上のとおりであるから、本件各発言の有無及び本件各発言に至る経緯については、前記・・・の各事実が認められ、これに反する原告の供述は採用することができず、他に上記の認定を覆すに足りる的確な証拠はない。したがって、本件各発言は行っていない旨の原告の頭書の主張は採用することができない。」

3.ある程度過剰に話しても大丈夫?

 主に労働者側で事件をやっていると、盛った部分を見つけられては、主張・供述の全体の信用性を否定されるという苦い記憶ばかりが蓄積しているのですが、裁判所は、上述のとおり、時間に関する過剰申告があったからといって、問題発言の存否に係る被害者の供述の信用性は否定されないと判示しました。

 この判示は原告労働者の主張を排斥するためのものではあります。しかし、経験則でである以上、労使どちらの立場からでも等しく使うことができるはずです。

 本件の判示は、ハラスメント事件を進めて行くにあたり、幅広く活用できる可能性があります。