弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身内(姉)に対するメッセージの送信でも、セクハラの裏付け証拠になるとされた例

1.セクシュアル・ハラスメントを立証するための証拠

 パワーハラスメント(パワハラ)は、必ずしも人目を気にして行われません。衆人環視の中での罵倒が典型ですが、むしろ、見せしめのように行われることさえあります。

 しかし、セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、しばしば職場関係者の目に触れない場所で行われます。そのため、セクハラを認定するための証拠は、被害者供述以外には乏しいことが少なくありません。

 こうした事案としての特徴を踏まえてか、セクハラ行為の存在は、一般的には弱いとされている証拠でも認定されることがあります。昨日ご紹介した、宮崎地判令5.3.22労働判例ジャーナル136-22 慰謝料等請求事件も、被害者供述以外の証拠が希薄な中で、セクハラ行為の存在が認められた裁判例の一つです。

2.慰謝料請求事件

 本件で被告になったのは、宮崎県議会議員の男性です(昭和43年生まれ、既婚で妻子あり)。

 原告になったのは、昭和55年生まれの当時独身の女性で、被告の事務所に事務員として雇用されていた方です。被告から様々なセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受け、精神的苦痛を受けるとともに就労不能になったとして、不法行為に基づき損害賠償金の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。 

 本件で原告が主張したセクハラ行為の一つに、

「ホテルへの継続的な誘い」

がありました。

 被告は特定の1日を除きホテルに誘ったことを否認しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、継続的にホテルに誘った事実を認め、セクハラが成立すると判示しました。

(裁判所の判断)

・認定事実等

「被告は、令和2年8月15日、原告宅に赴き、オードブルを渡した後、駐車場で原告と二人だけになった帰り際、原告に対し、部屋番号の付箋を貼ったケイズストリートホテルのパンフレットを手渡し、一緒に行くように誘ったが、原告は、叔母の体調不良等を理由に、今回は延期してほしい旨申入れるメッセージを返信し、この誘いを断った。被告は、同年11月にも同ホテルに一緒に行くように誘い、原告から断られていたが、同年12月15日には、原告に対し、令和3年1月8日及び同月15日に同ホテルの予約を入れたので、予定を合わせるように求めていた。」

(被告は、令和2年8月15日以外に原告をホテルに誘ったことはなく、原告が同年11月以降に誘われたことの裏付け証拠として提出する原告の姉とのメッセージのやり取り(甲17の3)は、内容虚偽のものである旨主張する。しかし、このメッセージの内容は、上記認定に沿った具体的なものである上、原告が同年8月にもホテルに誘われたことがあったことからすると自然なものであり、また、原告においてその姉とメッセージのやり取りをした当時に殊更に虚偽の事実を伝えなければならないような事情もなかったことからすると、その主張は採り得ない。他方、原告は、上記認定に係る誘い以外にも、被告からホテルから誘われた旨陳述(甲28)ないし供述するが、裏付けとなる的確な証拠がない以上、その陳述等を採用し、これに沿った事実を認定することはできないといわざるを得ない。)

・評価

「被告の前記・・・の各所為は、原告が雇用主である被告との関係がこじれてしまわないように何とか理由を付けて断り続けていたのに、何度も二人で一緒にホテルに行くことを誘い、仕舞いには、優越的地位を背景として、予約した日に合わせるように要求するものであり、それまでの諸々の認定事実等(特に前記(1)ア認定の事実)も踏まえると、ホテルで身体的接触を受ける不安感を抱かせ、性的不快感を与える所為であるから、原告の人格的利益を侵害する違法なセクハラに該当する。」

「被告は、原告を慰労するために食事に誘っただけであり、その場としてホテルの客室を選んだのは、新型コロナウイルスへの感染リスクを避けるためで、テラスからの景色も良さそうであったためである旨陳述(乙3)する。しかし、そうであれば、そのような条件を備えた個室のあるレストランを選べば足り、ホテルの客室を選ぶとしても、原告に余計な不安感を抱かせないように被告の妻等も食事に同席させるなどの配慮をするはずであり、宮崎観光ホテルでの所為・・・等も踏まえると、その陳述は、にわかに信用することはできない。また、仮にその陳述のとおりであるとしても、断り続けられながら、何度も二人で一緒にホテルに行くことを誘い、仕舞いには、雇用関係を背景として優越的地位にあることを利用して予約日に合わせるように要求するということで、原告に上述した不安感を抱かせ、性的不快感を与えることに変わりはない以上、上記判断は揺らがない。」

3.身内(姉)に対するメッセージの送信でも、裏付け証拠になる

 上述のとおり、裁判所は、姉との間で交わされたメッセージのやりとりに言及したうえで、セクハラ行為の存在を認めました。

 本件では一度ホテルに誘った事実に争いがないほか、他にホテルに抱き付いた事実が認められているなどの事情があります。こうした事実が証拠と同様の機能を果たしていることは否めないと思います。

 それでも、供述が対立している中、身内(姉)との間でやりとりされているメッセージを裏付けとしてセクハラを構成する事実が認定されていることは特筆に値します。私個人の実務感覚としては、パワハラの場合、それを構成する事実の有無が真っ向から対立している時に、身内に対して相談したメッセージ履歴があったからといって、被害者の供述に沿う事実が認定されることは稀であるように思います。

 被害を受けそうな方/受けた方は、記録が残る形で身内に相談しておくだけでも、その後の事件化のし易さが大分違うことを、知っておくと良いと思います。