弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働契約と業務委託契約の差-事実認定論を意識して契約の法的性質を議論することの重要性

1.労働契約と業務委託契約

 労働契約なのか業務委託契約なのかで、働く人の立場は大きく異なってきます。労働契約であれば、労働基準法や労働契約法をはじめ、各種労働関係法令の保護を受けることができます。他方、業務委託契約であれば、契約自由の原則のもと、法令上の保護を受けることなく経済的強者に対峙することを余儀なくされます。

 このような保護の強弱は、法令の適用に限ったことではありません。事実認定においても顕著な差が生じています。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令4.1.26労働判例ジャーナル123-44 東信観光事件からも分かります。

2.東信観光事件

 本件で被告になったのは、ホテル経営等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、業務委託契約を締結したうえ、被告の経営するホテル(本件ホテル)の管理運営を受託していた方です。契約締結時、業務委託報酬は月額60万円と決められていました。その後、報酬が月額30万円まで下げられたところ、これが原告との合意に基づく取扱いであるのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、報酬減額合意の成立を否認し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実及び認定事実(以下『前提事実等』という。)によれば、被告代表者は、平成30年10月の話合いの際、原告に対し、本件ホテルの経営不振等を理由に本件ホテルの営業停止も検討していること、本件ホテルの営業を続けるとしても業務委託報酬としては月額30万円を負担するのが限界であることを伝え、それに対し、原告は、最終的には本件ホテルの営業継続を希望し、少し頑張るからやらせてほしい旨返答したというのであるから、上記やり取りをもって、原被告間に本件業務委託契約の報酬を月額60万円から月額30万円に減額する旨の合意が成立したと認めるのが相当である。」

「これに対し、原告は、被告代表者と本件減額の件で話合いをしたのは平成30年12月のみであって、同年10月には話合いをしていない、同年12月の話合いの際にも、被告代表者から一方的な話がされるのみであり、原告が改めての金額提示等を求めたのに対し、被告代表者がもう一度話合いの場を設定するという態度を示したことから、結局、報酬減額についての結論は出ず、本件減額についての合意は成立していない旨主張し、これに沿う原告作成の陳述書・・・の記載及び原告本人尋問の結果がある。」

しかしながら、前提事実等によれば、本件減額は、平成30年10月分からされ、しかも報酬を従前の半額の月額30万円にするという大幅な減額であったところ、仮に同年10月の話合いがなかったとすれば、本件減額から同年12月の初回の話合いまでの間に少なくとも1か月以上の期間があったことになるところ、原告が、この間、ファックスなど被告への連絡手段があったにもかかわらず、本件減額について異議を述べていたと認めるに足りる的確な証拠はない。この点につき、原告は、この間、被告代表者に連絡を取ろうとしていたとか、Dを通じて面談の日程を調整してもらっていたなどと供述するが・・・、これらの事実を認めるに足りる裏付け証拠等はなく、採用することができない。他方、被告代表者は、同年10月に原告と本件減額について実質的な話合いをした旨供述するところ・・・、同供述内容は上記のような経過に照らして合理的であり、採用することができる。」

「同話合いの内容についても、本件ホテルの売上げが同年9月時点で月額83万円余りと低迷し(前提事実等)、月額60万円の報酬額では明らかに採算割れする状態であったこと、原告も売上高の集計等を通じてそのことを認識していたことに照らして合理的であり、被告代表者の同供述部分(被告代表者8~10頁等)は採用することができる。」

「そして、前判示のとおり、同年10月の話合いで本件減額について合意が成立したのであるから、同年12月の面談で被告代表者が具体的な金額の提示等をしなかったとしても、上記合意の効力が覆されるものではない。この点をおくとしても、同月の面談で原告が具体的な金額の提示等を求め、被告代表者がもう一度話合いの場を設定するという態度を示したとすれば、同話合いの後、原告ないし被告代表者から、本件減額や話合いの場の設定について何らかの連絡等をするのが通常であるところ、本件全証拠に照らしても、原告及び被告代表者がそのような行動に出たと認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の供述部分も採用することができない。」

「以上によれば、前記原告の主張に沿う原告作成の陳述書・・・の記載及び原告本人の供述部分はいずれも採用することができず、他に同主張事実を認めるに足りる的確な証拠もないから、結局、同主張は採用することができない。」

3.片や2年でも可、片や1か月でもダメ

 以前、このブログで、

約2年前に行われた賃金減額の効力を争えた例(長期間異議を述べずにいたこと≠黙示の合意) - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書き頂きました。

 この記事の中で紹介した東京地判令3.9.7労働判例ジャーナル120-58 メイト事件の裁判所は、

「労働者が賃金の減額について長期間異議を述べずにいたことをもって直ちに当該賃金減額について黙示に合意したといえるものではない。」

と約2年が経過していても、なお賃金減額の効力を争うことは可能だと判示しました。

 他方、本件では、1か月間に渡って異議が述べられた形跡がないこと等を理由に、原告の主張が排斥され、報酬減額の合意の存在が認定されました。

 こうして対照してみると、

労働者は事実認定論においても保護されていること、

法適用の問題がなかったとしても、契約の法的性質を論じる必要があること

が如実に理解されます。

 本件で労働者性を主張したとして、それが通ったかどうかは分かりませんが、契約の法的性質を論じる実益は具体的な法適用の問題に限られない-そうした意識は常に持っておくことが必要です。