弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

同僚からの注意指導に従わないことを理由に降格・減給できるか?

1.上司・上長以外の従業員からの注意指導をどうみるか

 労働者に対して不利益な措置をとるにあたっては、しばしば事前にどのような注意指導を行っていたのかが問題になります。

 例えば、能力不足・成績不良・適格性欠如を理由とする解雇を行うにあたっては、能力改善機会の付与などの解雇回避措置を講じることを求める裁判例が多いとされています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕939頁参照)。事前の注意指導は能力改善機会の付与との関係で重要な意味を持ちます。

 それでは、この注意指導とは、誰からの注意指導をいうのでしょうか?

 解雇を争うにしても、降格・減給などの人事上の措置を争うにしても、使用者側から同僚従業員の供述や陳述書が大量に提出されることがあります。こうした証拠によって立証される同僚からの注意指導は、果たして不利益処分の効力を判断するにあたっての重要な考慮用途となる「注意指導」に該当するのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.1.25労働判例ジャーナル123-14 ネイルパートナー事件です。

2.ネイルパートナー事件

 本件で被告になったのは、化粧品の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、係長として勤務していた方です。令和2年2月1日付けで係長から一般職に降格され、これに伴って減給されたことを受け、降格・減給が無効であることを理由に、係長の地位に在ることの確認等を求めて被告を提訴したのが本件です(本件降格減給)。

 本件の被告は、本件降格減給の有効性を基礎付ける事情として、

「被告は、原告に対し、多くの従業員からの指摘を踏まえて、その具体的な能力不足、勤務態度を指摘し、再三注意を行っていたものの、原告の業務の能力、勤務態度は一向に改善されることはなく、また、その見込みもなかった。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて被告の主張を排斥し、本件降格減給を無効であると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件降格減給処分をするに当たり、原告が、商品倉庫で勤務していたとき、上長や他の従業員から度重なる指摘、注意、指導を受けても、頑として反省しなかったため、被告の指導の効果はなく、原告の業務能力、勤務態度は改善されることもなく、むしろ悪化していた旨主張する。」

「しかし、証拠・・・によれば、原告の職制上の上司は、管理部のEであったことが認められるから、E以外のCなどの従業員からの原告に対する注意指導が仮にあったとしても、同僚からの不服を述べるにとどまるものであり、被告による原告に対する注意指導とみることはできない。

「そして、Eが、原告に対し、注意指導をしていたかどうかについては、令和元年9月6日の業務日報・・・及び同月24日の業務日報・・・によれば、Eが他の従業員から原告の退勤に対するクレームを受けたことは認められるが、Eが原告の退勤について原告を注意指導したことを認めるに足りるものではない。そして、証拠・・・によれば、令和元年11月13日、Eと原告が原告の勤務態度について電話で話合いをし、その中で原告がだらだら動いているように見えるという他の従業員からのクレームを受けたことについて、周りからそうみられるのでは役職者としては足りない旨指導したことが認められるが、掃除については原告から掃除をしているという反論を受けてそれ以上追及はしていないことが認められる。そして、これ以外にEが原告を指導したことを認めるに足りる証拠はなく、上記令和元年11月13日の指導をもって、被告が原告の業務能力、勤務態度について十分に指導したとはいえない。」

「したがって、本件降格減給処分については、被告からの原告に対する注意指導を踏まえたものではなく、被告の人事権の逸脱濫用があるものといえるから、無効であるというべきである。」

3.職制上の上司・上長からの注意指導でなければ注意指導にはならないとされた例

 上述のとおり、本件の裁判所は、職制上の上司からの注意指導でなければ「注意指導」にはならず、同僚からの注意指導は単なる不服の表明であると判示しました。

 職務適格性の欠如が問題になる事案において、同僚からの供述や陳述書が証拠として提出されることは少なくありません。こうした使用者側の立証活動に対し、本裁判例は、注意指導の意義という観点から控制をかけて行くにあたり、活用して行くことが考えられます。