弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賃金減額の効力は結構昔のものでも争えるⅡ-6年以上前の賃金減額が無効とされた例

1.積み重なった既成事実の重み

 一般論として言うと、不本意な合意を押し付けられても、時間が経つと争うことは難しくなります。不服を述べなかったという既成事実の積み重ねが、合意に納得していたという方向に、裁判所の心証を傾けさせるからです。

 しかし、賃金減額の合意に関しては、かなり昔のものでも、蒸し返して争うことができます。以前、約1年前の賃金減額の効力が否定された裁判例を紹介させて頂きましたが、

賃金減額の合意の効力は結構昔のものでも争える - 弁護士 師子角允彬のブログ

近時公刊された判例集に6年以上前の賃金減額の効力が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判例4.6.27労働判例ジャーナル129-42 栄大號事件です。

2.栄大號事件

 本件で被告になったのは、麺類の製造・販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、営業部長の肩書で麺の配送等の業務に従事していた方です。

 従前、賃金として月額38万円が支払われていましたが、平成26年9月に賃金が減額され、従前431万円程度あった年収が平成27年度以降、148万2000円~296万2000円にまで落ち込みました。

 被告から令和2年12月31日付けで解雇されたことを受け、原告の方は、被告に対し、

解雇無効を理由とする地位確認等、

賃金減額の無効を理由とする未払賃金の支払、

を求める訴えを提起しました。

 被告側は賃金減額について黙示の合意を主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「使用者と労働者は、その同意の下に労働契約の内容である労働条件を変更することができるところ、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁)。」

「本件についてみると、確かに、認定事実・・・のような事情、被告代表者の供述内容、原告が、本件減額後、前提事実・・・のとおり減額が無効であるとして未払賃金の支払を申入れるまでの6年以上という長期間にわたって異議を述べていなかったこと(なお、原告は、生活できないと不満を述べたと供述する一方で、本件減額について抗議はしていない、経営がしんどいというのはずっと聞いていた旨も供述している・・・などからすれば、被告が主張するとおり、本件減額当時の被告の経営状態は苦しいものであったことがうかがわれるといえる。」

「しかし、他方で、被告の主張を前提としても、本件減額についての合意は黙示の合意であるというのであって、原告が本件減額を受け入れることを明らかにした行為は存在しない。また、本件減額の前で金額が判明している平成23年の原告の年収が431万円(月額38万円を前提とすれば38万×12か月=456万円となるはずであるが、その点はさておく)であったのに対し、本件減額後の平成27年から令和2年の収入は148万2000円から196万2000円となっており・・・、従前の約34から45%まで減額になっていることに照らせば、その不利益の程度は大きいものといわざるを得ない。さらに、被告が、本件減額に先立ち、原告を含む従業員に対し、事前に経営状況を明らかにする資料を示すなどして説明会を開催したというような事情はうかがわれず(なお、被告代表者の供述を前提としても、経営破綻を理由に一律で日給6000円にするという説明をしたというにとどまる・・・、本件減額の理由・必要性について、十分な情報を提供したことをうかがわせる事情もない。」

以上を総合考慮すれば、本件減額に係る黙示の合意が成立したと認めることはできず、その点をさておくとしても、本件減額に合意することについて、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということもできない。

3.賃金減額は、かなり昔のことまで掘り返せる

 固定残業代の合意に関しては提訴から8年以上前の導入を争えた例があります。

固定残業代の合意-提訴から8年以上前に導入されたものでも争えた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本件で6年以上前の賃金減額の効力が否定されていることからも分かるとおり、賃金減額に関しては、労働契約が継続している限り、かなり昔のことまで掘り返して争うことができます。

 減額幅によっては結構な金額になりますので、心当たりのある方は、法的措置をとってみても良いだろうと思います。昔の出来事は事件化しにくいのが原則ですが、賃金減額に限って言えば問題にできる可能性があります。もちろん、ご相談は当事務所でも承っています。