弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

約2年前に行われた賃金減額の効力を争えた例(長期間異議を述べずにいたこと≠黙示の合意)

1.長期間異議を述べずにいること

 不本意なことをされても、長期間異議を述べないでいると、裁判で争うことが難しくなります。それは、既成事実の積み重なりが、黙認(当該状態を受け容れる旨の黙示の合意)と受け取られてしまうからです。

 労働事件を離れた一般的な民事紛争においては、数年前に発生した出来事を法的に争おうとしても、それだけで厳しい見通しを述べざるを得ないことが少なくありません。

 しかし、労働事件においては、使用者から不利益な措置が行われた後、かなりの期間が経過しても、該当の措置の適否を争えることがあります。近時公刊された判例集にも、そのことが窺われる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.9.7労働判例ジャーナル120-58 メイト事件です。

2.メイト事件

 本件で被告になったのは、警備業等と営む株式会社です。

 原告になったのは、平成25年7月21日に雇用契約を締結して以降、被告で就労している方です。

 雇用契約の締結時、原告の賃金は基本給月額40万円と定められていました。

 しかし、平成30年4月以降、被告は基本給を月額34万円に減額しました(本件賃金減額)。原告は、本件賃金減額が無効であると主張し、差額賃金の支払等を求める訴えを提起しました。

 原告の訴えに対し、被告は、 

本件賃金減額は合意に基づいている、

などと反論しました。

 被告の反論の根拠は、賃金減額から提訴(令和2年4月24日)までに長期間経過していたことでした。被告は、

「本件賃金減額について一度も異議を述べられることはなかった」

ことなどを根拠として、本件賃金減額については黙示の同意があると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、黙示の合意の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告に理由を説明した上で、本件賃金減額をしたところ、本件訴訟の提起(令和2年4月24日)に至るまで原告又は原告代理人から何の異議も述べられなかったなどとして、原告が本件賃金減額について黙示に合意した旨を主張する。」

「しかしながら、労働者が賃金の減額について長期間異議を述べずにいたことをもって直ちに当該賃金減額について黙示に合意したといえるものではない。そして、原告が本件賃金減額を了承したことを窺わせる積極的言動に及んだ事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、証拠・・・によれば、被告が原告に減額後の賃金を明記した契約書への署名押印を求めたところ、原告がこれに応じず、被告から交付された『質問状』と題する書面に『雇用契約は、従前締結したものがあるので、再契約は必要ないと思います。』、『賃金については従前どおりでお願いします。』などと記載して被告に提出した事実が認められるから、原告が本件賃金減額について黙示に合意したということはできない。」

「なお、この点について、被告代表者Cは、原告から上記『質問状』による回答を受けて、原告に対し再検討を求めたところ、原告は、弁護士と相談して回答する旨を述べた後、何の応答もしなかった旨を陳述するが・・・、上記認定を左右するものではない。」

3.長期間放置されていても事件化できることがある

 例えば、2年前に告知された解雇の効力を争いたいと相談されても、これに肯定的な回答をする弁護士は殆どいないのではないかと思います。

 しかし、在職中の労働者から過去に行われた賃金減額の効力を争いたいと相談された時には、かなり以前に行われていたものだったとしても、これを肯定できる場合が少なからずあります。わだかまりをお抱えの方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いかも知れません。もちろん、当事務所でご相談に乗らせて頂くことも可能です。