弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

落葉の宮も夕霧のことを3回拒んだ-特異な口説き文句が大学教授のセクハラを立証する材料になった例

1.セクハラの立証-供述の信用性評価に係る裁判例を検討する意義

 一般論として言うと、セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、第三者の目に触れない場所・態様で行われる傾向にあります。そのため、セクハラに関しては、主要な証拠が被害者の供述しかないことも少なくありません。

 この被害を受けたと主張する方の供述が、加害者とされた人の言い分と真っ向から食い違う場合、法曹実務家は、どちらの言い分が信用できるのかという問題に直面することになります。

 客観証拠や第三者証言が乏しい中、供述を対照してどちらの言い分が信用できるのかを判断する作業は、率直に言って、かなり難しいです。しかし、だからといって安易に立証責任論で処理することが許されるテーマではなく、この問題は、法曹実務家の頭を悩ませています。

 見通しの立てにくい難しい問題に取り組んでいくにあたり重要なのは、何といっても裁判例の検討です。どのような事案で信用性が肯定され、どのような事案で信用性が否定されているのかを一つ一つ地道に分析して行くことでしか事実認定をする力は身に付きません。

 そうした観点からセクハラの被害者供述の信用性評価の在り方には関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令4.1.20労働経済判例速報2480-3 学校法人A大学事件です。興味深いと思ったのは、特異な口説き文句を記憶していたことが被害者供述の信用性を補強する材料になっている点です。

2.A大学事件

 本件で被告になったのは、大学を設置運営する学校法人です(被告大学)。

 原告になったのは、大学の文学部准教授の方です。被告大学大学院の女子学生(本件学生)に対してセクハラ行為に及んだことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では二つの懲戒事由が構成されていますが、そのうち一つが、 

「平成28年5月23日午前2時過ぎ、本件学生宅において、原告は、洋室に入ると、ベッドの上に横になって、本件学生に対し、自分の傍に来るように誘ったり、本件学生の手や肩を触ったりした。原告は、本件学生が、原告から離れて距離を取ろうとすると、本件学生に近づき、本件学生の着ていたブラウスのリボンを外し、ボタンを二、三個外して、服の上から本件学生の胸を触った。これに対し、本件学生がやめてくださいと言って、外されたボタンを留めなおすと、原告は、いやいや何もしないからと言って、再びボタンを外そうとして、本件学生が拒絶の意思を示しているにもかかわらず同人の身体に接触した」

というものでした(本件懲戒事由①)。

 原告は本件懲戒事由①の行為を否認しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、本件学生の供述の信用性を肯定しました。

(裁判所の判断)

「本件学生は、前件訴訟の第一審において実施された証人尋問において、本件懲戒事由①に係る原告の行為につき、原告が本件学生宅に入室後、本件学生のベッドに横になり、本件学生のブラウスのリボンやボタンを外し、胸を触った状況等について供述し・・・、同人の陳述書にも同様の記載がある・・・。これらの供述等は、本件学生が平成28年7月4日にしたハラスメント対策・防止委員会への申立てに係る本件申立書の記載内容・・・や、本件学生が同月15日の事情聴取の際に述べた内容・・・と同旨であり、大きな変遷や矛盾は認められない。また、本件学生の供述等は、原告が入室する前の状況や入室後のやり取りの状況に加え、ハラスメント防止・対策委員会への申立てに至った経緯、すなわち、当初は忘れようとしていたが、原告から食事に誘われるに至り、原告が反省しておらず、これからもこのような状況が続くと考えたこと、研究室の非常勤講師に相談し、助言を受けて、同月4日に申立てを行ったことについて、心情を交え具体的に供述されたものである上、上記非常勤講師に係る調査記録・・・や、本件学生が原告から繰り返しメールで謝罪を受けている事実・・・とも整合するものである。加えて、本件学生については、殊更に虚偽の供述をして原告を陥れるべき動機も見当たらない。」

「これに対し、原告は、本件学生の供述等には変遷がある旨主張するところ、前記認定事実・・・のとおり、本件申立書には、原告から胸を触られたことについての記載はない。しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、本件学生は、同月15日の事情聴取の時点では胸を触られた旨申告をしているのであって、申立ての当初から同旨の供述をしていることに変わりはない。加えて、本件学生は、前件訴訟の証人尋問において、本件申立書に胸を触られたことを記載しなかった理由につき、日が浅かったので整理がついていない部分があったのではないかと思う旨証言しているところ、かかる心情は指導担当教員から性的被害を受けた学生が抱くものとして自然なものと理解でき、自身の受けた被害について最初の時点で全て申告できなかったとしてもやむを得ないといえるから、上記の点をもって本件学生の供述等の信用性は減殺されないというべきである。」

「また、原告は、本件学生の供述等のうち、原告が本件接触行為に及んだ際、これを拒む本件学生に対し『落葉の宮も夕霧のことを3回拒んだ(編注:いずれも源氏物語の登場人物)』旨の発言をしたとする点が不自然であると主張し、証拠として甲14、15(源氏物語を専門とする教授らの陳述書。そもそも源氏物語において落葉の宮が夕霧のことを3回拒んだ事実は読み取れない上、これらの人物は女性を口説く際に引き合いに出すには適さないというもの)を提出する。しかしながら、当該発言があったとされるのは本件学生宅に入室後のことであり、この時点で原告は飲酒酩酊し、その後寝入ってしまうような状態であったから、上記教授らが指摘するような不合理な発言をしたとしても特段不自然とはいえず、本件学生の供述等の信用性が減殺されるものではない。かえって、上記供述等は、同年8月3日の事情聴取の際、本件学生が言い忘れたことがあるとして述べた内容・・・とも一致し、その内容が特異であって容易に作出できないものであることも踏まえれば、本件懲戒事由①に係る本件学生の供述等の信用性を高めるものというべきである。

「その他原告が本件学生の供述等について不自然であること、変遷していることとして種々指摘する点も、本件学生の供述等の信用性を覆すには足りず、本件学生の供述等は信用することができるといえる。」

「他方、原告は、本件訴訟における本人尋問において、本件学生宅の室内では何もなかった旨を供述し、前件訴訟において実施された本人尋問においては、本件学生宅に向かう途中でこむら返りが起きて歩行困難となったため、やむを得ず本件学生宅で休ませてもらうことにし、了承を得て本件学生宅に入ったこと、本件学生は明るい声で対応し、原告にお茶を出すなどしたこと、原告は、入室後、密室に二人の状態になってしまい、変な疑いをもたれてはいけないということで、接触をしないようにできるだけ距離を取って座るようにしたこと等を供述している・・・。」

「しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、原告は同年5月23日以降、本件学生に謝罪のメールを送り、本件学生が『先日のメールで謝罪していただいた分で十分です。どうかお気になさらず。』と返信した後も、重ねてメール及び直接の謝罪をしているのであって、かかる原告の行動は、本件学生が歓迎するかのような態度を示していたとする原告の上記供述と整合しないものである。」

「加えて、原告は、同年7月21日の事情聴取においては入室後のことは覚えていない旨を述べていた上・・・、こむら返りが生じてやむを得ず入室したとする点は、上記事情聴取においても、同年9月12日付け異議申立書(前記認定事実・・・のとおり、本件学生宅へ入室した経緯等について詳細な主張をしている。)においても言及がなく・・・、同年11月26日付け理由書・・・において初めて言及されたものであって、原告の供述には看過できない変遷がみられる。」

「したがって、本件学生宅の室内では何もなかったとする原告の上記供述は採用することができない。」

「以上のとおり、本件学生の供述等は信用できるところ、これにより、本件懲戒事由①の事実を認めることができる。」

3.被害者側は印象に残るフレーズを忘れないようにすること

 裁判所は口説き文句のの特異性を、容易には作出できないものであるとして、被害者供述の信用性を補強する要素として評価しました。

 加害者の属性が大学の文学部准教授という特徴的なものである場合、特異的な口説き文句を供述できること自体が被害者供述の信用性を高めるとされた点は、一般的な事案にはない特徴であるように思われます。

 本件のような事案もあるため、被害を受けた側としては、事件を特徴付ける事実をできるだけ多く記憶し、早期に記録化しておくことが望まれます。