1.規則違反が常態化している中で下された懲戒処分
少し前に、
「違法行為を理由に懲戒された場合、『みんなやっている。』『ここでは常態化している。』は抗弁になるか?」
という記事を書きました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/19/010727
この記事では、民間病院において医師法に抵触する可能性のある行為が行われていたこと等を理由とする懲戒処分がなされた事案で、当該行為が常態化していたことが懲戒処分を妨げる要素になったことを紹介させて頂きました。
この「違法行為は常態化していた。(だから、法違反があったとしても、懲戒処分を受けるいわれはない)」との立論は、公務員の勤務関係でも通用するのでしょうか。
この問題を考えるにあたっての例となる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。
高松高判令元.11.22労働判例ジャーナル96-84 鳴門市事件です。
2.鳴門市事件
本件は、
「現在の職務とは関係のない鳴門市女性子ども支援センター(ぱぁとなー)での相談記録等をUSBメモリを使って持ち出し、学校給食センターの業務用パソコンに保存していたこと」
などを理由に停職6か月(ただし、鳴門市公平委員会の裁決により停職4か月に修正)の懲戒処分を受けた原告・控訴人が、懲戒処分の効力を争って提起した取消訴訟です。
請求を棄却した一審の判断を受け、原告が控訴した事件の二審判決です。
原告はUSBメモリの持ち出しを、後任者からの質問に備えるためであったと供述し、その供述は高裁でも信用することができると認められています。
こうした情報の持ち出しは鳴門市のセキュリティポリシーに違反するものでした。しかし、当時、後任者からの質問に備えて、前任者が異動時に移動前の職場の業務に関する情報をUSBメモリで持ち出すことは、一般的に行われていました。
こうした状況のもとで、原告に懲戒処分を科することが許容されるのかが問題となりました。
裁判所は、次のとおり述べて、非違行為としての重大性を否定しました。
また、それだけが原因ではないにしても、減給を超える懲戒処分は裁量権の逸脱であるとして、懲戒処分を取り消しました。
(裁判所の判断)
「被控訴人に無断で持ち出された相談等情報は、DV等の被害者支援事業や相談事業を行う『ぱぁとなー』において扱われ、保管されていた被害者ないし相談者の氏名、住所、連絡先、相談内容、相談対応等であって、これらが当該被害者等に対する加害者、ストーカー等に知られた場合、当該被害者等の生命・身体に対して危害が加えられるという具体的かつ切迫した危険を生じさせるものであり、極めて秘匿性の高い個人情報であるといえ、このような相談等情報が被控訴人に無断で持ち出されるという事態は、被控訴人内部の遵守事項であるセキュリティポリシーに違反する。しかしながら、前記3で説示したとおり、当時においては、後任者からの質問に備えて、異動時に異動前の職場における業務に関する情報をUSBメモリで持ち出すことは、控訴人のみならず、他の職員も一般的に行っていたものであり、控訴人も持ち出した情報を他に漏洩したり、悪用したりしたわけでもないことからすれば、控訴人USBメモリによる情報の持ち出しについては、非違行為に該当はするものの、それほど重大な違反とまではいえないというべきである。」
3.内部の遵守事項への違反ではあるが・・・
本件で常態化していたのは内部の遵守事項への違反であって、法令違反ではありません。したがって、厳密に言えば、本件は法令違反の常態化が懲戒処分を妨げる理由になるのかという問題に直接答える事案ではありません。
しかし、本件も一般社団法人竹田市医師会事件と同様、違反行為の常態化を非違行為の重大性を否定する方向の事情として指摘しています。
刑事事件では「みんなやっている」系の弁解は無視・黙殺されるだけという感がありますが、企業秩序・組織秩序との関係が問題になる労働法領域での懲戒処分との関係では、あながち無理筋の主張というわけではないのかも知れません。