1.違法行為を理由とする懲戒
違法行為を理由に懲戒された労働者の方から、懲戒の効力を争いたいという相談を受けていると、しばしば「上司の指示だった。」「みんなやっている。」「この会社では、それが常態化しているのに、なぜ自分だけ。」といった不満を吐露する方がいます。
言いたいことは理解できますが、こうした主張を維持するにあたっては、二つの問題があります。
一つ目は、立証できるかという問題です。
仮に違法行為が指示されていたり、違法行為が蔓延・常態化している会社であったりしても、紛争になった時、そのことを上司や会社が素直に認めることは先ずありません。梃子でも動かないといった感じで、違法な指示を行ったことや、違法行為が蔓延・常態化していることを否認します。そのため、会社側が違法行為の確たる証拠を残してしまったといったような間の抜けたことでもしない限り、立証は困難を極めます。
二つ目は、仮に、違法行為が蔓延・常態化している事実が認められたとして、「みんなやっている。」といった趣旨の抗弁を、司法機関である裁判所が認めるかという問題でます。直観的には、そうした議論を裁判所が認めることはなさそうに思います。裁判所は違法行為をする人に対しては、かなり冷淡だからです。
「直観的には」と言ったのは、大抵の事案では、違法行為が蔓延・常態化していることの立証をクリアできないため、二つ目の問題まで行き着かず、この問題に明確な解を出せるだけの紛争実例が蓄積していないからです。
しかし、懲戒処分の根拠を企業秩序への侵害として捉えた場合、社是として違法行為が指示・黙認されている場合に、該当の違法行為を企業秩序を侵害する行為として評価できるのかは、理屈を突き詰めると難しい問題を孕んでいます。
近時公刊された判例集に、この問題に示唆を与えてくれる裁判例が掲載されていました。大分地判令元.12.19労働判例ジャーナル96-68 一般社団法人竹田市医師会事件です。
2.一般社団法人竹田市医師会事件
本件で被告となったのは、大分県竹田市内に竹田医師会病院(被告病院)を開設し、それを運営している一般社団法人です。
原告になったのは、被告病院の院長であった方です。
本件は、医師法違反などを理由に懲戒解雇された原告が、解雇が無効であるとして地位確認を求めて被告を訴えた事件です。
医師法違反とされた事実の懲戒事由への該当性を判断する過程で、裁判所は、次のように述べて「みんなやっている。」理論に一定の意味を認めています。
(裁判所の判断)
-入院患者の診療録における診断名等の不記載-
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告病院において担当していた入院患者の診療録(概ね平成28年12月から平成29年11月までに作成されたもの。以下『本件入院診療録』という。)について、診断名の一部は、原告以外の者が記載しており、そのような診療録が多数存在したこと、傷病名は、被告病院の医事課の職員が記載していたこと、これらの原告以外の者が記載した部分について、原告が署名を付記する方法では確認していなかったことが認められる・・・。」
「医師法24条、同法施行規則23条、療養担当規則8条、22条(以下『医師法24条等』という。)の各規定の趣旨のほか、診療録の作成責任は医師が負い、事務職員が医師の補助者として記載を代行することも可能ではあるが、それは医師が最終的に確認して署名することが条件とされていること(厚生労働省医政局長通達『医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について』(医政発第1228001号平成19年12月28日。以下『役割分担に関する通達』という。)・・・)からすれば、上記・・・の診療録の作成の仕方は、本来あるべきものとはいえない。」
「しかしながら、上記・・・の診療録の作成が医師法24条違反の犯罪行為に該当するかについては、事柄の性質上諸事情を慎重に検討すべきであるから、原告が直接記載していないことそれ自体から直ちに同条違反の犯罪行為に該当すると判断することはできない上、証拠・・・によれば、原告以外の被告病院の複数の医師が担当していた入院患者(入院中に担当が原告から変更になった者を含む。)の各診療録においても、当該医師以外の者により診断名の一部や傷病名が記載されたものが複数存在していたことが認められ、このような診療録の作成の仕方が原告に特有のものであったとは認め難く、また、原告以外の被告病院の医師に対し、このような診療録の作成の仕方について、医師法24条等の違反を理由とする懲戒処分ないし懲戒処分には至らない指導等が行われていたとの事情はうかがわれないことからすると、被告病院においては、このような診療録の作成の仕方が、業務上の都合により常態化していたものと認められる。そうすると、原告による上記・・・の診療録の作成が、犯罪事実が明らかになった場合(軽微な違反である場合を除く。)として、懲戒解雇事由である就業規則57条1項6号に該当するとまではいえない。」
-処方箋の事前署名-
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告病院において、夜間等で原告が不在のときに緊急に薬剤が必要な場合に備えて、事前に白紙の処方箋に署名していたこと、現に緊急に薬剤が必要な場合には、看護師等から原告に対して電話等により相談がされ、原告は、その相談を踏まえ、看護師等に対し、必要な薬剤の指示をし、その看護師等が上記原告の署名がされた処方箋にその他の必要事項を記載して薬局に交付し、薬局から薬剤を入手していたことが認められる。」
「医師法22条柱書及び同法施行規則21条(以下『医師法22条等』という。)の各規定の趣旨によれば、上記・・・の薬剤の処方の仕方は、本来あるべきものとはいえない。」
「しかしながら、上記薬剤の処方の仕方が直ちに医師法22条違反の犯罪行為に該当するということはできない上、本件経営改善要望書や被告病院の事務局次長ら複数の職員が被告の会長らに宛てた平成29年9月29日付けの『職場環境改善に関するお願い』と題する書面・・・には、上記薬剤の処方の仕方の改善を求める内容がないこと、原告以外の被告病院の複数の医師も上記同様の方法で薬剤の処方をしていたことが認められること・・・からすれば、このような薬剤の処方の仕方が原告に特有のものであったとは認め難く、また、原告以外の被告病院の医師に対し、このような薬剤の処方の仕方について、医師法22条等の違反を理由とする懲戒処分ないし懲戒処分には至らない指導等が行われていたとの事情はうかがわれないことからすると、被告病院においては、このような薬剤の処方の仕方が、業務上の都合により常態化していたものと認められる。」
「そうすると、原告による上記薬剤の処方の仕方が、犯罪事実が明らかになった場合(軽微な違反である場合を除く。)として、懲戒解雇事由である就業規則57条1項6号に該当するとまではいえない。」
-診療の補助を超える医療行為の看護師への指示及び無資格者への同行為の施術指示-
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告病院で行う手術において、看護師又は臨床工学技士に対し、結紮、筋鉤引き及び電気メスの通電(以下、これらを併せて『結紮等』という。)を指示していたことが認められる。」
「医師法17条の趣旨によれば、看護師又は臨床工学技士が医師の指示の下で結紮等をした場合であっても、看護師又は臨床工学技士の同行為が同条に抵触するおそれがあり、医師の指示行為も同条に抵触する可能性は否定できない。」
「しかしながら、証拠・・・によれば、被告病院においては、原告が平成21年4月に同病院で勤務を開始する以前から、医師の指示の下、看護師が手術の際に結紮等を行っていたこと、その後、手術に臨床工学技士が参画する際に、看護師からの強い要望があり、医師の指示の下、臨床工学技士が結紮等を行っていたことが認められることや、本件経営改善要望書に係る改善の要望においても、看護師又は臨床工学技士による結紮等を問題視して改善を求めることはされていないことからすれば、被告病院においては、看護師又は臨床工学技士による結紮等が常態化していたものと認められる。そうすると、原告による看護師又は臨床工学技士に対する結紮等の指示が、犯罪事実が明らかになった場合(軽微な違反である場合を除く。)として、懲戒解雇事由である就業規則57条1項6号に該当するとまではいえないし、同項18号に該当するともいえない。」
3.明確に違法行為と判断されているわけではないが・・・
上記各行為は法的にネガティブな評価が与えられてはいますが、明確に違法行為であると判示されているわけではありません。
そのため、本件は、違法行為を理由とする懲戒を「みんなやっている。」「常態化している。」ことを理由に免れるかどうかを、直接的に判断した裁判例として位置づけられるわけではないと思います。
しかし、法的にネガティブな意味合いを持つ行為であったとしても、それが企業内の誰もがしていることであったり、常態化していることであったりした場合、そのことが懲戒処分の効力を妨げる抗弁事由となり得ることを示唆した裁判例として理解することは可能だと思います。
ただ、会社のために違法行為に手を染めても、いざ大事になると会社は普通に切捨てにかかってきますし、裁判所からも冷淡に扱われるので、何も良いことはありません。「みんなやっている。」「常態化している。」と言ったところで、多くの事案では立証できずに終わるのが関の山だとも思います。
そのため、他の人がどうであろうが、違法行為には手を染めないことが一番であることは、間違いありません。