弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

密輸の量定相場(公務員の懲戒処分)

1.懲戒処分の指針

 国家公務員は「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」や「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」、免職、停職、減給、戒告といった懲戒処分の対象になります(国家公務員法82条2号3号)。

 しかし、「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」や「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」という文言には、軽微なものから重大なものまで、多種多様な非違行為が含まれます。こうした抽象度の高い規定の運用は、恣意に流されたり、不平等なものになったりしがちです。そのため、国は「懲戒処分の指針について」という人事院規則により非違行為ごとに処分量定の目安を定め、懲戒制度が適正に運用されるように配慮しています。

懲戒処分の指針について

 この「懲戒処分の指針について」があるため、

「正当な理由なく10日以内の間勤務を欠いた職員は、減給又は戒告とする。」

「公金又は官物を横領した職員は、免職とする。」

「酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。」

といったように、何をすれば、どのくらいの処分が科されるのかは、外部からでも、ある程度予測することができます。

 以上は国家公務員の場合ですが、地方公務員に対しても、似たようなルールが設定されています。

 しかし、懲戒処分の指針には、全ての非違行為が規定されつくされているわけではありません。指針に規定のない非違行為が行われた場合、懲戒処分の量定は、どのように考えられるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.10.28労働判例ジャーナル107-16 大阪市・大阪市長事件です。

2.大阪市・大阪市長事件

 本件は懲戒免職処分・退職金支給制限処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、大阪市交通局職員であった方です。第三者と共謀のうえ、金地金3個(合計3kg)を隠匿携行する方法で密輸入しようとしたこと(本件密輸入未遂行為)などを理由に、懲戒免職処分・退職手当支給制限処分を受けました。これに対し、裁量を逸脱・濫用した違法があると主張して、大阪市を相手取って、各処分の取消を求める訴えを提起しました。

 本件で問題になったのは、金地金の密輸の処分量定です。

 大阪市では大阪市職員基本条例によって、非違行為の類型と類型毎の標準的な処分が定められていました。しかし、条例上、金地金の密輸に相当する非違行為の類型は定められていませんでした。

 大阪市職員基本条例では、該当する非違行為の類型がない場合、類似する行為に対する懲戒処分の取扱いに準じて、当該非違行為に対する懲戒処分を決定するものとされていました(大阪市職員基本条例28条8項)。

 被告大阪市は、本件密輸入未遂行為を「横領、窃盗、詐欺、恐喝、脅迫、公務執行妨害又は職務強要を行うこと」(項番号63)に準じて取り扱うこととし、懲戒免職処分が相当であると判断しました。

 原告の論旨は、密輸入と横領等との間には何の関連性もなく、横領等に準じて懲戒免職処分を相当とするのは、不適切ではないかという点にあります。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、被告大阪市の判断に問題はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「基本条例は、地方公務員法上の懲戒事由の定めを前提として、懲戒事由に該当する具体的な行為の類型ごとに、その懲戒処分の基準を定めている。」

「そして、本件密輸入未遂行為は、関税法違反(関税法111条3項、1項1号、67条。行為時の法定刑は5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその併科)、消費税法違反(消費税法64条1項1号)及び地方税法違反(地方税法72条の109第1項。これらの法定刑は、いずれも10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はその併科)といった刑罰法規に触れ、重い刑が科せられ得る行為であり、現に原告に対する執行猶予付き懲役刑の有罪判決がなされ、既に確定しているものであって・・・、これが地方公務員法所定の懲戒事由(同法29条1項3号「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」等)に該当することは明らかというべきである。」

被告は、本件密輸入未遂行為について、その利欲性や租税公務に対する妨害等といった性質に着目するなどして、横領等の財産犯や公務執行妨害といった行為の類型に係る懲戒処分の基準を定めた基本条例別表『項番号』63に準ずるものと判断しているところ、その判断は、基本条例別表に掲げられた非違行為の類型に該当するものがないときに、類似する非違行為に対する取扱いに準じて懲戒処分を決定する旨の規定(基本条例28条8項。・・・)に則って、本件密輸入未遂行為の性質に着目し、的確に類似性を捉えてなされた合理的なものということができる。

「したがって、被告が本件密輸入未遂行為につき、基本条例別表『項番号』63に準ずるとした上で『免職又は停職』がその懲戒処分の基準になるとした点は相当と解される。」

「これに対し、原告は、本件密輸入未遂行為が基本条例別表『項番号』63とは関連性がないなどと主張するほか、本件免職処分の処分理由・・・のうち、刑事裁判手続の経過や量刑、市民からの信頼を失墜させた等といった、専ら懲戒事由の評価に係る記載部分について懲戒事由該当性ないし基本条例の適用関係を争う旨の主張をしているが、それらはいずれも当を得たものとはいい難く採用できない。」

3.密輸と横領・公務執行妨害等とでは罪質が違うようにも思われるが・・・

 直観的に考えると、密輸と横領・公務執行妨害等とでは、罪質が全く異なるように思われます。

 しかし、裁判所は、利欲性、租税公務に対する妨害という点を捉え、横領・公務執行妨害等に準じて処分量定を考えることを肯定しました。

 裁判例を知らなければ、密輸と横領・公務執行妨害等を類似行為として結びつけるという発想には至らないと思います。本件は、非典型的な非違行為の処分量定を予想するにあたり、記憶しておくべき裁判例として位置付けられます。