弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働審判に口外禁止条項を挿入されないためには

1.労働審判と口外禁止条項

 労働審判法20条は、

「労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて、労働審判を行う。」(1項)

「労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる。」(2項)

と規定しています。

 労働審判を申立てた時、この規定に基づいて、労働審判委員会から、口外禁止条項付きの審判を告知されることがあります。口外禁止条項というのは、

「申立人と相手方は、本件に関し、正当な理由のない限り、第三者に対して口外しないことを約束する。」

といった条項のことです。

 別段、インターネット上に掲載したり、第三者に大々的に宣言したりする予定がない場合でも、こうした条項を一方的に挿入されることに抵抗感を覚える労働者の方は少なくありません。

 それでは、審判の内容に口外禁止条項を挿入されないように、手続をコントロールすることはできないのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。長崎地判令2.12.1労働判例ジャーナル107-2 労働審判(口外禁止条項)事件です。

2.労働審判(口外禁止条項)事件

 本件は口外禁止条項を含む労働審判を告知された労働者が提起した国家賠償請求事件です。

 原告になったのは、バス運転士として勤務していた方です。一般貸切旅客自動車運送事業等を目的とする勤務先会社から契約期間満了による雇用契約の終了を告げられたことを受け、地位確認等を求める労働審判を申立てました。

 労働審判手続では、会社側からの要請により、口外禁止条項付きの調停の可否が議論されました。これに対し、原告の方は、

「裁判への協力を約束してくれた同僚には和解が成立したことを報告したい。」

「今後の人間関係をおかしくしてまで和解したいとは思っていないので、和解は断りたい。」

「終わったということは伝えたい。同僚が励ましてくれて、それが精神的な支えになってきた。それを何もなしでは済まされないと思っている。」

などとして、口外禁止条項付きの調停案を受け入れませんでした。

 こうした経過を踏まえながらも、労働審判委員会は、会社に解決金の支払を命じるとともに、当事者相互に口外禁止を約させる条項の付された労働審判を告知しました。

 労働審判は異議なく確定しました。しかし、こうした手続の経過を踏まえてなお口外禁止条項付きの労働審判を告知するのは相当性を欠くなどとして、原告は慰謝料等の支払を求める国家賠償請求訴訟を提起しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、口外禁止条項を付したことは労働審判法20条1項及び2項に違反すると判示しました(ただし、国家賠償法上の違法性は否定し請求は棄却しています)。

(裁判所の判断)

労働審判は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえてされるものであるから(法20条1項)、その内容は事案の解決のために相当なものでなければならないという相当性の要件を満たす必要があると考えられる。そして、上記条文の定めや、労働審判手続には、権利関係の判定作用という側面のみならず、当事者間の利害を調整するという作用が内包されていることからすれば、相当性の要件を具備しているか否かを判断するに当たっては、申立ての対象である労働関係に係る権利関係と合理的関連性があるか、手続の経過において、当事者にとって、受容可能性及び予測可能性があるかといった観点によるのが相当である。

「もっとも、労働審判は、権利関係及び手続の経過を『踏まえて』なされるものであるし(法20条1項)、個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる上(法20条2項)、当事者の異議により、その理由を問わず、その効力を失うものとされていることからすると(法21条3項)、必ずしも実体法上の権利を実現するものには限られず、労働審判委員会において柔軟に定めることができるといえるから、相当性の判断に当たっても、上記の合理的関連性等を厳格にみるべきではなく、事案の実情に即した解決に資するかという点も考慮に入れてなされるべきものといえる。」

「上記判示を前提に、本件口外禁止条項に相当性が認められるか否かを検討する。」

(中略)

「予測可能性について、上記・・・のとおり、本件口外禁止条項と同旨の調停条項は、本件会社の希望に基づき、原告の意見を確認の上、調整を図った経過が認められ、手続において少なくとも議論がされている。」

「したがって、本件口外禁止条項は、当事者にとって不意打ちであったと評価することは困難であり、予測可能性はあったといえる。」

「続いて、受容可能性について、上記・・・のとおり、原告は、本件口外禁止条項と同旨の条項を設けた調停案を明確に拒絶している。このような場合に、労働審判委員会は、同調停案と同趣旨の労働審判をなし得るか検討を要する。

労働審判委員会が成立に向けて調整を図った調停案について、当事者の一方が明確にこれを拒絶したとしても、上記・・・のとおり、相当性の判断に当たっては、事案の実情に即した解決に資するかという点も考慮に入れてなされるべきであるし、また、その審判の内容によっては、当事者において、調停による解決はできないとしても、労働審判委員会による労働審判に対して異議申立てまではしないという意味での消極的合意に至る可能性もあり得るところである。したがって、調停案と同趣旨の労働審判をすることが一概に否定されるものではない。

もっとも、当事者に過大な負担となるなど、消極的な合意さえも期待できないような場合には、当事者が明確に拒絶した調停案と同趣旨の労働審判は、受容可能性はないというべきであるから、手続の経過を踏まえた労働審判とは認められないものとして、相当性の要件を欠くといわざるを得ない。

「本件についてみると、上記・・・のとおり、原告は、裁判への協力を約束してくれた同僚には、和解が成立したことを報告したいとの思いを有していたところ、上記・・・のとおり、第2回労働審判手続期日において、本件労働審判委員会から、本件口外禁止条項を付すように説得されたのに対し、涙ながらに、同僚が精神的な支えであって、せめて解決したことは伝えたいし、何もなしでは済まされないと思っている旨を訴えたというのである。本件労働審判事件が解決したということだけでも伝えたいという原告の思いは、ごく自然な感情によるものであって尊重されるべきであるし、本件労働審判委員会も原告の心情を十分に認識していたといえる。

「また、上記・・・のとおり、F議員及びGには審判で終了したことを口外できるとの例外を除けば、本件口外禁止条項は、審判で終了したことさえも第三者に口外できない内容であること、本件審判が確定すれば、事情の変更等がなされない限り、原告は、将来にわたって、本件口外禁止条項に基づく義務を負い続けることからすれば、その内容は、上記の原告の心情と併せてみれば、原告に過大な負担を強いるものといわざるを得ない。なお、正当な理由がある場合が除外されているが、一義的に明確でなく、これによって原告の負担が軽減されるものではない。」

「これらからすれば、本件審判において、調停案として原告が明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、消極的な合意に至ることは期待できなかったというべきであって、本件口外禁止条項に受容可能性はないといわざるを得ない。したがって、同条項は、手続の経過を踏まえたものとはいえず、相当性を欠くというべきである。

「なお、上記・・・のとおり、原告は本件審判に適法な異議申立てをせず、本件審判は確定しているが、これは本件審判がなされた後の事情であって、同審判の相当性判断を左右するものではない。」

「よって、本件口外禁止条項は、法20条1項及び2項に違反すると認められる。

3.明確な拒否の姿勢を示すこと

 上述のとおり、裁判所は、口外禁止条項を明確に拒絶していて、受容可能性がない場合には、口外禁止条項付きの労働審判を告知することはできないと判示しました。

 口外禁止条項を入れられないことが解決金に反映されることが有り得るか、有り得るとしてその額はどの程度かなど、不分明な部分はありますが、この裁判例の判示に従えば、手続の中で口外禁止条項を付することを明確に拒否することにより、裁判所から労働審判の中で一方的に口外禁止条項を付けられることは、ある程度抑止できるように思われます。

 本件は、当事者の立場から労働審判の内容をコントロールして行くうえで画期的な判断を示しており、銘記されるべき裁判例だと思われます。