弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不正調査のための自宅待機中の賃金(公務員の場合)

1.自宅待機命令

 非違行為を犯した労働者に対し、使用者から、不正の全体像を調査し、適正な懲戒処分を科するまでの間、自宅での待機が命じられることがあります。

 これは職務として自宅待機を命じられるものであることから、民間の場合、使用者は待機中の労働者に対し、原則として賃金の支払義務を負うことになります。

 ただ、例外もないわけではなく、

「当該労働者を就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存する」場合や

「これを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在する」場合

には賃金の支払義務を免れるとする裁判例もあります(名古屋地判平3.7.22労働判例608-59 日通名古屋製鉄作業事件参照)。

 それでは、公務員の場合は、どうでしょうか。

 非違行為を犯した公務員に対し、不正の全貌解明のための自宅待機期間中に公金から賃金を支払い続けることには、社会的な批判も予想されます。こうした社会的批判をかわすため、自宅待機期間中の賃金を支給しないことは許されるのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大津地判令2.10.6労働判例ジャーナル107-30 甲賀市事件です。

2.甲賀市事件

 本件は、滋賀県甲賀市の職員であった原告が、選挙の開票事務における不正行為を理由として自宅待機命令を受けたところ、命令を受けてから懲戒免職処分がされるまでの間の賃金が支払われなかったとして、未払給与の支払を求め、被告甲賀市を提訴した事件です。

 原告の方は、平成29年10月22日に実施された衆議院議員総選挙における開票事務を担当しました。この集計にあたり、当時の総務部長らにより、投票者数と投票数を一致させるための白票の水増し行為がなされました。しかし、選挙日翌日に開封の投票用紙が発見されました。そこで、当時の総務部長の指示のもと、原告は、白票水増し行為を隠蔽するため、発見された未開封の投票用紙を自宅に持ち帰り、これを焼却処分しました(本件不正行為)。

 本件不正行為の発覚を受け、原告は平成30年2月5日から平成31年4月23日に懲戒免職処分(本件懲戒免職処分)を受けるまでの間、被告から自宅待機を命じられました(本件自宅待機命令)。本件自宅待機命令期間中、平成30年4月5日までは年次有給休暇の取得がされた取扱いがされましたが、翌6日から平成31年4月23日までの約1年間は無給扱いとされました。

 こうした取扱いに対し、法律や条例に何ら根拠がないのに賃金が支払われないのは問題ではないのかというのが、原告の主張の骨子です。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、給料、地域手当等に係る請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成30年4月以降、原告は勤務をしていないから、給料を支給する理由がない旨主張する。」

「しかし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前提事実・・・のような内容で本件自宅待機命令が出されたことを踏まえ、同命令に従った自宅待機をするとともに、地方公務員の兼業禁止規定に従い、他の仕事に就くことをせずに過ごしていたことが認められる。このような場合、原告は、被告の服務規律に従い、被告がした職務命令に従った対応をしているのであるから、原告と被告の任用関係に基づく労務の提供をしたと認めるのが相当であり、仮に、原告が具体的な労務の提供をしていないとしても、それは被告が自宅待機中になし得る労務を原告に与えなかった結果にすぎないというべきである。

「したがって、被告の上記主張は採用することができず、原告は、被告に対し、平成30年4月以降、別紙『給料』欄記載の金額の給料請求権を有していると認められる。そして、前提事実・・・及び弁論の全趣旨からすれば、当該給料を前提とした場合、原告に支給されるべき地域手当は、別紙『地域手当』欄記載の金額となり、原告は、同月以降、同額の地域手当請求権を有していると認められる。」

「ところで、被告は、本件においては、前記・・・に摘示したように、緊急にして合理的な理由に基づき本件自宅待機命令を出したのであるから、被告は原告に対する給料等支払義務を免れる旨の主張もし、当時、本件不正行為を巡る問題が社会に与えた影響が大きかったことを示す新聞記事の写し・・・を提出する。」

「しかしながら、本件自宅待機命令が、原告の被告に対する給料請求権を失わせる効果をもたらすものというのであれば、それは原告に対する不利益処分として、地方公務員法29条4項に従って、法律や条例で定めなければならないのであるが、職員が無給となる自宅待機命令について定めた法律や条例上の根拠がないことは前提事実・・・のとおりである。法律や条例上の根拠がないまま、事実上、懲戒処分と同様の効果をもたらす措置を講じることは許されず、そのことは、被告が指摘するように本件不正行為を巡る社会的影響が大きかったという事情があったことによって左右されるものといえない。そして、他に、被告の原告に対する給料等支払義務が減免されることを正当化させる事情は見当たらない。

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

3.ダラダラとした飼い殺しには法律(条令)による行政を主張することができる

 否認している場合はともかく、非違行為を自白している場合、調査期間中とはいえ賃金を支払うことに対しては、世論による強い批判が予想されます。

 しかし、こうした批判に迎合し、不正調査期間中の賃金を不支給にしたうえ、調査に長時間かけると、本件のように自治体は足元を掬われることになります。

 本件は、民間で認められているような例外には言及せず、法律や条例の規定がない限り給料等を支給しないは許されないと判示しました。自治体側は公金の支出を避けたいのであれば、速やかに懲戒処分行うべきであったと思われます。

 他方、労働者側から見た場合、普懲戒処分を下されるまでの間、通考えられないような長期間に渡って放置されてしまったら、未払賃金等を求めて早々に出訴してしまうことが考えられます。

 民間でも公務員でも、不正調査名目で無給の自宅待機命令を受け、それが長期に及んでいることで困っている方は、ぜひ、お気軽にご相談ください。自宅待機期間中の賃金不払いは、それほど簡単には正当化されません。