弁護士 師子角允彬のブログ

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不正調査のための自宅待機中の賞与(勤勉手当)(公務員の場合)

1.不正調査のための自宅待機期間中の賞与(勤勉手当)

 昨日、不正調査のため自宅待機を言い渡した公務員に対し、賃金を支給しないことが許されるかどうかについてのお話をさせて頂きました。

 この論点について、裁判所は、いかに不正行為をめぐる社会的影響が大きかったとしても、法律や条例の根拠がないにもかかわらず、賃金を不支給とすることは許されないと判示しました。

不正調査のための自宅待機中の賃金(公務員の場合) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、賞与(勤勉手当)を不支給とすることはどうでしょうか。

 昨日ご紹介した、大津地判令2.10.6労働判例ジャーナル107-30 甲賀市事件は、この問題についても興味深い判示をしています。

2.甲賀市事件

 本件は、滋賀県甲賀市の職員であった原告が、選挙の開票事務における不正行為を理由として自宅待機命令を受けたところ、命令を受けてから懲戒免職処分がされるまでの間の給与(勤勉手当を含む)が支払われなかったとして、未払給与の支払を求め、被告甲賀市を提訴した事件です。

 原告の方は、平成29年10月22日に実施された衆議院議員総選挙における開票事務を担当しました。この集計にあたり、当時の総務部長らにより、投票者数と投票数を一致させるための白票の水増し行為がなされました。しかし、選挙日翌日に開封の投票用紙が発見されました。そこで、当時の総務部長の指示のもと、原告は、白票水増し行為を隠蔽するため、発見された未開封の投票用紙を自宅に持ち帰り、これを焼却処分しました(本件不正行為)。

 本件不正行為の発覚を受け、原告は平成30年2月5日から平成31年4月23日に懲戒免職処分(本件懲戒免職処分)を受けるまでの間、被告から自宅待機を命じられました(本件自宅待機命令)。本件自宅待機命令期間中、平成30年4月5日までは年次有給休暇の取得がされた取扱いがされましたが、翌6日から平成31年4月23日までの約1年間は無給扱いとされました。

 甲賀市の条例(甲賀市職員の給与に関する条例)では、

勤勉手当は、6月1日及び12月1日(以下この条及び付則第14項第3号においてこれらの日を『基準日』という。)にそれぞれ在職する職員に対し、基準日以前6箇月以内の期間におけるその者の勤務成績に応じて、それぞれ基準日の属する月の規則で定める日に支給する。

と規定されていました(条例22条1項)。

 また、勤勉手当の額は、

勤勉手当基礎額×規則で定める割合

とされていました。(条例22条2項)、

 そして、規則で定める割合は、

勤務成績が特に優秀な職員(1号)、

勤務成績が優秀な職員(2号)、

勤務成績が良好な職員(3号)、

勤務成績が良好でない職員(4号)、

の各区分に応じて定められており、勤務成績が良好でない職員の場合、100分の94.5未満で任命権者が定める割合とされていました(規則43条1項)。

 任命権者である甲賀市長は、この100分の94.5未満で定めるとされている割合を0であると定め、原告に勤勉手当を支給しませんでした。

 こうした取り扱いに対し、原告は、

「本件自宅待機命令によって自宅待機という労務の提供をしたのであるから、その期間を通じて誠実に勤務したと取り扱われるべきである。よって、原告は、勤勉手当請求権を失わない。」

と主張し、これを争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、勤勉手当の不支給は違法ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告における勤勉手当は、勤勉手当基礎額に、任命権者が条例及び規則所定の範囲で定める成績率を乗じた金額が支給されること、原告がした本件不正行為の内容等を踏まえ、任命権者である市長は、原告の成績率をゼロと定めたことが認められる。」

「この点、原告は、前期・・・のとおり、原告が自宅待機という労務の提供をした以上、成績率をゼロと定めることが許されない旨の主張をする。しかし、本件不正行為が、公正な選挙を妨げ、民主主義の根幹を揺るがす犯罪行為であり、原告が管理職員でありながら本件不正行為を行ったことからすれば、任命権者である市長がした上記の成績率の判断が、裁量権の逸脱ないし濫用に当たるということはできない。」

したがって、原告が、平成30年4月以降、勤勉手当請求権を有していると認めることはできない。

3.一つの非違行為で二期以上に渡り極端な判断をすることが許されるのか?

 本件の問題点は、二つあると思われます。

 具体的に言うと、

零査定といった極端な判断をすることが許されるのか、

一つの非違行為を二期以上に渡って考慮することが許されるのか、

という点です。

 94.5未満という文理には、確かに零も含まれます。しかし、幾ら勤務成績に良し悪しがあるといっても、労働生産性に極端な差があるとは想定しづらく、特定の職員の成績率を零付近とし、他の職員と極端な差を設けることが許されるのかという問題があります。

 また、仮に、これが許容されたとしても、発覚期だけではなく、その後の期の成績率の査定にも影響させることが許容されるのかという問題があります。もし、これが許されるとすれば、一度不祥事を起こした職員に対しては、将来に渡って、かなりの額の金銭を逸失させることが可能になります。

 成績評価に広範な裁量があるとしても、零査定を複数期に渡ってやるのは、行き過ぎているように思われます。しかし、裁判所は、いずれの問題についても、比較的あっさりと問題ないと判断しました。

 じっくりと腰を据えて判断しているというわけではなさそうですが、それでも勤勉手当にここまでの裁量を認めた裁判例があることには、留意しておく必要があるように思われます。