1.1年単位の変形労働時間制と過半数代表者
1年単位の変形労働時間制とは「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の総労働時間の短縮を図ることを目的にした」仕組みです(労働基準法32条の4)
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/1nen.pdf
この1年単位の変形労働時間制を導入するにあたっては、
「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」
が必要です(労働基準法32条の4第1項)。
「労働者の過半数を代表する者」といえるためには、
「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」
という要件が必要になります(労働基準法施行規則6条1項2号)。
しかし、この選出手続が適切に踏まれないまま変形労働時間制が運用されている事案は、実務上少なくありません。近時公刊された判例集にも、この点が原因で変形労働時間制の効力が否定された裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、仙台高判令5.11.30 労働判例1318-71 足利セラミックラボラトリー事件です。
2.足利セラミックラボラトリー事件
本件で被告(被控訴人・附帯被控訴人)になったのは、歯の補綴物及び義歯の製作等を業とする株式会社です。
原告(控訴人)になったのは、平成29年3月に歯科技工士専門学校を卒業した方です。就職活動中に被告の求人票を見て、採用試験に応募し、採用内定を経て、平成29年4月1日付けで入社しました。
しかし、入社してみると、賃金が求人票の通り支給されず、これに異を唱えたところ、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成するよう脅迫的な言動を受けたうえ、他の事業所への配転を命じられました。
このような経過のもと、未払基本給や残業代、違法な配転命令等のパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償などを請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では1年単位の変形労働時間制の効力が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「基礎賃金については、原判決『事実及び理由』第3の2(3)アのとおり認められ、変形労働時間制が採用されているという被告の主張は、同ウの説示のとおり、採用することはできない。」
(原判決仙台地判令5.6.1『事実及び理由』第3の2(3)ウ)
「被告は、1年間の変形労働時間制が採用されている旨主張する。しかしながら、平成29年の変形労働時間制に関する労使協定・・・について、原告が過半数代表者の選出手続が存在しない旨主張したのに対し、被告は、Bが、従前から労使協定の度に自ら過半数代表者となる旨立候補し、他の多くの従業員から人望があることに鑑み、過半数代表者となっていたとしか主張せず、労働基準法施行規則6条の2第1項2号に則って適式に選出された者であることの主張立証をしないことからすると、Bが労働基準法32条の4第1項にいう『過半数を代表する者』に当たるものと認めることはできない。また、平成30年については、労使協定の存在自体確認することができない。」
「したがって、平成29年も平成30年も同条の要件を満たさず、被告主張の変形労働時間制は無効であるから、被告の上記主張を採用することはできない。」
3.「多くの従業員から人望があることに鑑み、過半数代表者となっていた」ではダメ
あまり積極的になりたがる人がいないからか、過半数代表者に関しては、投票や挙手等の手続がきちんと行われず、使用者側から促された人がいつのまにか立候補し、働く人の多くが十分に意識しないまま、その人によって流れ作業的に協定が結ばれているという例がしばしば見られます。
被告は、
「原告は、過半数代表者の選出手続が存在しない旨主張するが、労使協定において過半数代表者となったB(以下『B』という。)は、従前から労使協定の度に自ら過半数代表者となる旨立候補し、他の多くの従業員から人望があることに鑑み、過半数代表者となっていたものであり、この点でも原告の主張は当たらない。」
という主張をしていました。
本判決は、このレベルの抽象的な主張立証では、協定の締結者が「過半数を代表する者」にあたらないと判示したところに意味があります。
私の個人的な実務感覚に照らして言うと、本件の被告レベルの主張しかしない会社は結構あります。そのため、本判決は、過半数代表者への該当性や変形労働時間制の効力を争う上でも、実務上、活用できるように思われます。