弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神障害の発症を問題とする労災事件のポイント-具体的出来事の関連性

1.労災事件

 労働者が労働災害により被った損害をカバーする制度には、

労基法および労災保険法に基づく労災補償制度

と、

被災労働者又はその遺族が使用者に対して行う損害賠償制度

が併存しています。

 後者の損害賠償制度は、一般に労災民事訴訟(労災民訴)と呼ばれています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/07/69.html

 労災補償制度では全ての損害が填補されるわけではないため、労災民訴は、労災補償制度とともに、会社の違法な行為によって損害を受けた労働者の保護に重要な役割を果たしています。

2.精神障害の発症と労災

 労災の主要なテーマの一つに精神障害の発症があります。長時間労働、不正行為の強要、ハラスメントなど、不適切な行為によって心理的な負荷を受け、精神障害を発症した労働者は、労災補償制度の適用を受けるとともに、使用者に対して損害の賠償を求めることができます。

 こうした事件では、しばしば使用者側の負荷要因・不適切と目された行為と、精神障害の発症との間の業務起因性・因果関係が問題となります。

 実務上、業務起因性・因果関係がどのように判断されているかというと、労災の不認定処分の取消訴訟・労災民訴の別を問わず、多くの裁判例では、行政が設定した労災補償制度の業務起因性の認定基準を参照、流用して判断しています。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf

 行政が設定した労災補償制度の精神障害の業務起因性の認定基準(基発1226第1号 平成23年12月26日 心理的負荷による精神障害の認定基準について)は、具体的な出来事毎に平均的な心理的負荷の程度を定めています。

 例えば、重度の病気やケガをした場合、標準的な心理的負荷の強度は「強」になるといったようにです。業務起因性・因果関係は、一般に、強い心理的負荷が発生している場合に認められます。

3.心理的負荷が「中」「弱」の具体的出来事は幾ら集めても「強」にならない?

 この種の事件の見通しを考えるうえで、心理的負荷が「中」「弱」の具体的出来事を幾ら集めても、負荷は「強」にはならない・精神障害の業務起因性・因果関係は認められないとする俗説があります。

 確かに、裁判例を分析していると、心理的負荷が「中」「弱」の具体的出来事しかない場合、それが複数認定できる事案であったとしても、容易には業務起因性・因果関係が認められない傾向があることは否定できないと思います。

 しかし、心理的負荷が「中」「弱」の具体的出来事しかない場合であっても、業務起因性・因果関係が認められた裁判例も一定数は存在します。

 では、何が業務起因性・因果関係の存否を認定する鍵になっているのかと言うと、具体的出来事の関連性です。

 関連性の概念は行政が設定した労災補償制度の業務起因性の認定基準の中でも次のとおり言及されています。

(基発1226第1号 平成23年12月26日抜粋)

「いずれの出来事でも単独では『強』の評価とならない場合には、それらの複数の出来事について、関連して生じているのか、関連なく生じているのかを判断した上で

①出来事が関連して生じている場合には、その全体を一つの出来事として評価することとし、原則として最初の出来事を『具体的出来事』として別表1に当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況とみなす方法により、その全体評価を行う。具体的には、『中』である出来事があり、それに関連する別の出来事(それ単独では『中』の評価)が生じた場合には、後発の出来事は先発の出来事の出来事後の状況とみなし、当該後発の出来事の内容、程度により『強』又は『中』として全体を評価する。

②一つの出来事のほかに、それとは関連しない他の出来事が生じている場合には、主としてそれらの出来事の数、各出来事の内容(心理的負荷の強弱)、各出来事の時間的な近接の程度を元に、その全体的な心理的負荷を評価する。具体的には、単独の出来事の心理的負荷が『中』である出来事が複数生じている場合には、全体評価は『中』又は『強』となる。また、『中』の出来事が一つあるほかには『弱』の出来事しかない場合には原則として全体評価も『中』であり、『弱』の出来事が複数生じている場合には原則として全体評価も『弱』となる。」

 心理的負荷が「中」「弱」の具体的出来事を幾ら集めても、負荷は「強」にはならないと諦観をもって嘆かれているのは、分析をしてみると、具体的出来事相互に関連性がない場合で、心理的負荷が「中」の具体的出来事が1つしかないケースであるだとか、心理的負荷が「中」の具体的出来事が複数あっても時間的近接が認められないといったケースが多いように思われます。

4.裁判所も関連性を見ている

 近時公刊された判例集にも、裁判所が「関連性」に着目して心理的負荷の強弱を判断していることが伺われる裁判例が掲載されていました。

 東京地判令元.8.26労働経済判例速報2404-15 三田労基署長事件です。

 本件で原告になったのは、医療画像情報システム並びに関連するソフトウェア及び機材の販売等を営む会社(Z1)の従業員であった方です。

 本件は、原告が、転職先であるZ1から転職前の説明とは異なる処遇を受けたとして処遇の是正を求めて話合いを続けていたところ、突如話合いを打ち切られて深い絶望を感じ、適応障害を発症したとして、療養補償給付の支給を認めなかった三田労基署長の処分の取消を求めて訴えを提起した事案です。

 本件の争点は業務起因性です。

 裁判所は、「上司とのトラブルがあった・・・」「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった・・・」の具体的出来事に該当すると解する余地のある事実を認めたうえで、次のとおり判示し、業務起因性を否定しています。

(裁判所の判断)

「前提となる事実について原告に最大限有利に判断した場合には、認定基準別表1(別表略)の『上司とのトラブルがあった(項目30)』及び「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった(項目15)』に当たる出来事があtったとみる余地があるものの、各出来事は関連なく生じたものであり、その心理的負荷の強度は、それぞれ『弱』及び『中』であるから、全体としては『中』にとどまると評価するのが相当である。」

(中略)

「以上のとり、認定基準を当てはめた場合、原告の主張を最大限踏まえ、かつ、原告に最も有利に検討しても心理的負荷の程度は『中』にとどまるから、本件精神障害の発病に業務起因性は認められない。」

5.労災は弁護士によって見通しが変わり得る

 心理的負荷が「強」である具体的出来事が認められない労災事件では、関連性をどのように論証するのかがポイントになってきます。関連性を立証するための理論構成を思いつくかどうかで、事件に対する見通しが変わることが有り得ます。この意味において、労災は同一の事案であったとしても、相談を担当する弁護士によって、見通しの変わり得る事件類型だと思います。

 個人的には、労災はセカンドオピニオンをとることが推奨される事件類型だと考えています。他の法律事務所・弁護士から厳しい見通しを告げられたとしても、本当にそうなのかと疑問に思われている方は、ぜひ、一度、ご相談頂ければと思います。