弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員-手続上の違法(理由付記の不備等)だけで懲戒処分の取消請求が認められた例

1.手続上の違法の位置づけ

 公務員の懲戒処分の効力を争う場合、手続違反を主張するだけで勝訴することは容易ではありません。敗訴判決を受けても、行政側としては正当な手続をやり直して同じ処分を行えば良いだけであるため、懲戒処分の瑕疵が手続違背に留まってる場合、敢えてこれを取消しても仕方がないという考え方が根強く存在しているからです。そのため、手続上の違法だけで懲戒処分の効力を否定した裁判例は、あまり多くありません。

 このような裁判例の傾向がある中、近時公刊された判例集に、手続上の違法があることだけで懲戒処分の効力を否定した裁判例が掲載されていました。大津地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-56 甲良町事件です。

2.甲良町事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である甲良町です。

 原告になったのは、甲良町職員の方です。不適切な事務遂行があったとして停職3か月の懲戒処分を受けました(本件懲戒処分)。これに対し、理由付記及び弁明の機会が付与されていない手続上の違法があるなどと主張して、本件懲戒処分の取消を求めて被告を提訴したのが本件です。

 原告から問題にされた本件懲戒処分の処分理由説明書の記載は次のとおりでした。

(処分理由説明書に記載された処分理由)

「処分対象者の行為は、職員として遵守すべき甲良町行政事務処理マニュアルに違反するものであり、地方公務員法第32条(法令等および上司の職務上の命令に従う義務)に違反する行為である。それと同時に多数の外部の委託業者の委託業務終了後すみやかに委託費の支払を受ける利益を害し、行政事務に対する不信感を抱かせたことは、地方公務員法第33条(信用失墜行為)に違反する行為である。」

「したがって、処分対象者の行為は地方公務員法第29条第1項第1号(地方公務員法違反)、同項第2号(職務上の義務違反・職務怠慢)に該当するものである。」

「処分対象者の行為が、行政事務処理手続の中でもごく基本的事項に関するものであり、かつ、反復継続してなされていることからすれば、その落ち度は重大である。」

「また、外部への委託業務が、町と委託業者の相互の信頼関係のうえの成り立っていることからすれば、本件各事案により、外部委託業者に町行政に対する不信感を抱かせたことは、町の今後の委託事業の遂行の阻害要因ともなりかねず、さらに町民の町行政に対する不信感をもまねきかねない、という点でもその問題性は大きい。」

「さらに、前述のとおり、処分対象者は多数の本件各事案と同種事案により、過去において複数回にわたり毎年のように懲戒処分(減給・停職)、分限処分(降任)、口頭注意を受けているにもかかわらず再び本件各事案に及んだ点、その成績不良の程度は深刻であり、その責任は重大である。」

「よって、処分対象者に対する処分として停職3箇月(地方公務員法第29条第1項第1号および同項第2号)の懲戒処分に処する。」

 原告の訴えに対し、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分の取消を命じました。

(裁判所の判断)

「地方公務員法49条1項は、職員に対して、懲戒等の不利益処分を行う場合において、その職員に対し、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないと定めているところ、その趣旨は、職員に義務を課したり、その権利を制限したりするという不利益処分の性質に鑑み、任命権者の判断が客観的にみて合理的なものであることを担保してその恣意的な判断を抑制するとともに、処分の事由を当該職員に速やかに伝えて、不服申立ての便宜を与えようとするものであると解される。このような趣旨からすれば、処分の事由を記載した説明書には、当該不利益処分の対象とされた事実が何であるかが、少なくとも他の事実と区別することができる程度に特定して記載され、その事実にどのような法規を適用して当該不利益処分がされたのかが合理的に理解できる記載がされていなければならないと解される。」

「本件において、甲良町長が、本件懲戒処分に際して原告に交付した処分説明書に記載した処分の理由は、前提事実・・・のとおり、別紙の記載を内容とするものであって、本件懲戒処分が対象とする非違行為について具体的な事実の記載がされていないものである。その結果、別紙の記載だけを一読しても、本件懲戒処分が理由とする原告の非違行為が、非違行為アないしウのいずれかを指しているのか、その全てを指しているのか、あるいは本件非違行為に加えて、本件非違行為と前後する時期に行われた前提事実・・・の行為やその他の行為が含まれているのか不明な説明となっている。」

「ところで、上記・・・のように解される地方公務員法49条1項の趣旨からすれば、処分説明書の記載に抽象的な点があり、形式的にみて当該不利益処分の対象とされた事実の特定に疑義を挟む余地があるような場合であっても、処分説明書の当該記載や、当該不利益処分の手続において実質的に当該職員に処分の事由が伝えられていて、当該職員においてこれを理解していたような場合であれば、同項に反する違法が、当該不利益処分に与える瑕疵の程度が大きいとまで言えないと解する余地はある。しかしながら、本件においては、上記アのとおり、処分説明書上、本件懲戒処分が対象とする非違行為についての具体的な事実の記載自体がされていない。また、本件においては、当時、問題とされていた非違行為が複数存在していること、前提事実・・・のとおり、本件非違行為について、原告はその事実関係や非違の程度について争う趣旨の主張をしている上、現に、本件懲戒処分に先立って原告が作成していた顛末書・・・においても、原告は、本件非違行為について、原告1人だけの責任で当該問題が生じたとの自認はしておらず、今後の対応については、課内職員(非違行為ア)、関係課(同イ)、課内(同ウ)と共同して再発防止に努めるとする趣旨の記載をしていたこと、原告に対して、甲良町職員分限懲戒審査委員会は原告の陳述を聴取する機会を設けず、同委員会の答申を受けた甲良町長も原告に弁明の機会を与えなかった結果(弁論の全趣旨)、原告に対して、処分説明書に代わる告知聴聞の機会が与えられていないことといった事情がある。これらの事情からすれば、本件懲戒処分に際して、原告が、処分説明書の当該記載や、当該不利益処分の手続において実質的に処分の事由を認識できていたとまでは認められない。そして、他に、原告がこれを認識していたと認めるに足りる証拠はない。

「そうすると、本件懲戒処分においては、地方公務員法49条1項に反した違法があったと認められるところ、その違法は、上記ア及びイで認定説示したとおり、本件懲戒処分に先立ち、甲良町職員分限懲戒審査委員会における審査の機会も通じて告知聴聞の機会がなかったことも合わせ考慮すると、被処分者である原告に処分の対象となる非違行為を特定可能な程度に伝えていないという点において、重大な瑕疵であったといわざるを得ない。」

「これに対し、被告は、そもそも事後的な処分理由の追加が許容されることや、処分説明書の交付が懲戒処分の効力発生要件ではないことからすれば、処分説明書における処分理由の特定に瑕疵があったとしても、本件懲戒処分の効力に影響はないと解するべきである旨の主張もする。しかしながら、被処分者である職員に対し、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないと定めた地方公務員法の趣旨からすれば、懲戒処分の手続を通じて、対象とされた非違行為の特定がされず、被処分者においてこれを明確に認識することができない手続を同法が許容しているとは解されないから、被告の上記主張は、採用することができない。」

「以上によれば、本件懲戒処分は、地方自治法49条1項に定めるように処分の事由が説明されないまま行われたものにして、実質的にみても、原告において、特定された処分の事由を認識し得ないままにされたものといえるから、適正な手続に反した違法なものとして取り消されるべきである。

「したがって、争点(2)(本件懲戒処分に実体的違法があるか)について認定判断するまでもなく、本件懲戒処分の取消しを求める原告の請求は理由がある。

3.手続上の違法だけで取り消されている

 上述のとおり、裁判所は手続的な違法を理由に懲戒処分を取消しました。裁判所は実体的違法について「認定判断するまでもなく」と判示しています。つまり、手続上の違法が結論を導く上での本質的要素を構成しています。

 本件ほどはっきりと手続的違法だけで懲戒処分の効力を取消した裁判例は類例に乏しいのではないかと思います。

 理由付記の違法など手続的な観点から懲戒処分の効力を検討するにあたり、本裁判例は大いに参考になるように思われます。