弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経緯・態様の不分明な暴行(喧嘩闘争)で従業員に懲戒処分を行えるのか?

1.暴行と懲戒処分

 上司や他の従業員に対して暴力を振るうことは、概ねの会社において懲戒処分の対象とされています。

 この暴力行為が、一方的なものであったり、衆人環視のもとで行われていたりする時には、懲戒対象行為の認定に苦慮することはあまりありません。しかし、喧嘩闘争のような様相を帯びてくると、その経緯・態様が不明確なものも多く、懲戒対象行為の認定に苦慮することがあります。

 こうした場合に、有形力行使が行われていること自体は間違いないからといって、従業員に懲戒解雇等の処分を行うことは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.2.15労働判例ジャーナル111-30 シナジー・コンサルティング事件です。

2.シナジー・コンサルティング事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買、交換、賃貸借及びその仲介等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員の方です。上司に暴行を加えたことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件で特徴的であったのは、暴行の経・態様について、上司(事業統括本部長兼第一事業部長d)と原告との言い分が真っ向から対立していたことです。

 懲戒解雇を支持する立場の被告会社側は、暴行の経緯・態様について、

「原告、dらは、東京都板橋区所在の『区分所有マンション』販売のため、平成30年5月22日午前10時に『小竹向原』で待ち合わせる予定になっていたところ、原告は、同日、上記待ち合わせに遅刻して同日午後2時ころに臨場した。そこで、dは、原告に対し、無連絡で大幅に遅刻したことを注意したが、原告は、『前日の夜仕事をしていたので遅れた。集合時間があるとは思わず私用で家を12時に出ました。』などと平然と述べ、dは、人通りがあって原告への注意・指導に限界があったことから同指導を中断して解散した。」

「dは、平成30年5月24日、午前10時30分ころに出勤した原告に対し、上記遅刻について改めて勤務態度を注意したところ、原告が非を認めず不合理な弁解を繰り返して謝らなかったことから・・・、立腹し、席を立って原告の席の方に向かい、原告もかなり興奮して声を荒げて席を立ってdの方に近付いた・・・。そして、原告は別紙1・・・の〔×〕地点において、dに対し、掴みかかり、dもこれに対抗して原告の胸部付近を掴んだところ、原告の方がdより体格が勝っていたことから、原告がdの身体を前後左右に振り動かすような形になった後にdを後方に押し倒してdの身体の上に覆い被さるようにしてdの左肋骨付近に原告の肘を強く落とすようにしてdを殴打し(以下『本件暴行』ということがある。)、よって、dに約4週間の通院加療を要する傷害を負わせた(・・・この傷害を以下『本件傷害』といい、原告がdに暴行を加えて傷害を負わせたことについて以下『本件傷害事件』ということがある。)。その後、原告は、周囲にいた者らによって取り押さえられた・・・。」

と主張しました。

 これに対し、原告は、

「被告は、原告らが午前10時に『小竹向原』で待ち合わせる予定になっていたと主張するが、そのような予定はなかった(事前に業務が決められている場合は被告社内の共有カレンダーに記載されるが平成30年5月22日には記載がなかった。)。dは、当日、(東京都港区)αにある被告本社に午前11時ころ出社し、被告従業員の『e』(以下『e』という。)にレンタカーを用意させ、午後1時30分に『小竹向原』に到着した。原告は、午後2時に現地に到着し、dらは、原告到着の少し前に集合した。原告は、多少遅刻したことについてdに謝罪したところ、その場は収まり、原告ほか3名で広告のポスティング業務を行い、その後、『会社』に戻っている(解散していない。)。」

「被告は、原告が平成30年5月24日午前10時30分に出社したと主張するが、原告は、同日午前9時開始の社員会議に参加している。」

「被告は、dが同日に上記『小竹向原』の件について注意したと主張するが、突然、二日前のことについて注意することなどない。」

「原告は本件暴行をしていない。dが左肋骨を骨折した事実も写真・・・で確認できない以上、認定できないし、仮に同事実があっても、肋骨が2本しか折れておらず、大きな外力によるとはいえず、dがせき込んだために発生したと考えられ、因果関係もない。dは、eが原告に『これから小竹向原に車で行きますけど一緒に行きますか』と誘ったことが気に入らず、その場にいた原告の同僚らに対し、『こんなやついなくてもいいよなあ』、『fどうだ』、『gどうだ』と言い、原告から『人を巻き込むのを止めません。関係ないじゃないですか。二人で話せばいいじゃないですか』と言われると、激昂して『おまえとは十分話してるだろ』と言って机上にあるものを原告に投げようとした後、机をたたいて立ち上がって原告の方に歩いて原告の目の前まで行き、原告が立ち上がると、原告の胸元を掴んで原告の口元を手拳で殴打する暴行を加え、よって、原告に頚椎捻挫、口唇裂創の傷害を負わせた・・・。原告は、dから更に暴行を加えられないようにするため、dの胸元を掴むと、dは興奮し、原告とdが立ったまま掴みあっていると、他の従業員らがdに加勢して原告の腕や腹部等を殴った。その後、原告は、他の従業員らに掴まれたままdに覆い被さるような態勢になり、dがバランスを崩して自身の後方へ尻部から座り込むように転倒した。原告は、他の従業員らに背後から掴まれたままdの胸元から手を離した。なお、原告がdの胸元を掴みながら肘を強く落とすようにしてその肋骨部分に接触させること自体不可能であるし、原告は、dの転倒後、直ちに他の従業員らにdから引き離された。」

と主張しました。この主張が正しければ、原告は集団暴行の被害者であるにすぎず、懲戒処分の対象されるいわれはないことになります。

 このように双方の主張が対立する中、裁判所は、次のとおり判示し、暴行が懲戒事由に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告のdに対する本件暴行・本件傷害の事実を主張し、dは、被告の主張に沿う供述(証人尋問時の供述のほか陳述書・・・の記載を含む。以下同)をしているが、原告は、本件暴行・本件傷害の事実を否定して、dが原告の胸元を掴んで原告の口元を手拳で殴打する暴行を加えて頚椎捻挫、口唇裂創の傷害を負わせた旨主張し、原告本人もこれに沿う供述をしている。」

「検討するに、dの上記供述は、前記・・・のとおりdが左肋骨骨折の傷害を負っている事実(診察した医師がレントゲン写真により左肋骨骨折を確認している・・・。)に整合するが、dが原告の斜め隣の席にいて自席から移動しなくても原告と会話が可能であるのに立ち上がって原告の席に向かった行為について『話をしに行っただけ』などと弁解していること・・・、原告主張のとおりであればdは民事・刑事責任を負い得る立場にあって虚偽供述の動機があること、原告が頚椎捻挫及び口唇裂創の傷害を負った原因について説明できていないことを指摘できる。なお、被告は、d供述の信用性を補強する証拠として、原告がdの胸の辺りを腕で殴打しているように見えたなどの記載のある被告従業員のgほか3名連名の陳述書・・・を提出しているが、原告は同陳述書の記載の信用性を争っていて、同陳述書作成者らがdの部下に当たる立場にある上(当時・・・)、同陳述書作成者らの尋問が実施できていないことから、同陳述書の記載は採用できない。」

「他方、原告の上記供述は、前記・・・のとおり原告が頚椎捻挫及び口唇裂創の傷害を負っている事実に整合するが、dから殴られた後に更なる暴行を加えられないようにしたいのであればdから離れようとしたり腕を掴んだりするのが自然と考えられるところ、dが原告を掴んでいたことを理由にdの胸元を掴んで更なる暴行を加えられないようにした旨述べていること・・・、dの上記供述のとおりであれば原告は民事・刑事責任を負い得る立場にあって虚偽供述の動機があること、dが肋骨を骨折するに至った原因について説明できていないことを指摘できる。なお、原告は、その供述の信用性を補強する証拠として、本件暴行の有無が問題となる場面の直後にb及びcが原告に本件暴行を指摘していないという録音・・・を提出しているが、同録音の内容はb及びcが上記場面を目撃した前提でのやりとりといえないから、同録音により原告の供述の信用性が補強されるとは評価できない。」

「そして、dと原告のいずれの供述が信用できるかについて認定するに足りる証拠は双方ともに提出できていない。そうすると、上記d供述と原告供述は、いずれも相手の供述と対比して信用できるとまでいうことは困難である。

したがって、本件暴行の事実を認めるに足りる証拠は存しないというほかなく、少なくとも前記・・・のとおり、原告とdが口論の末にお互い掴みあってもみあいになって被告従業員数名らが原告とdの間に入るなどして、その機会(相手の有形力行使が直接の原因であるかは認定できない。)にお互い負傷した事実までしか認定できないというべきである。

そして、上記口論に至った経緯についても争いがあるが、仮にdの供述するとおり二日前の原告の遅刻に対する上司・dの注意に部下・原告が言い訳して指導に従わない事実があったのだとしても、立腹して原告より先に席を立って・・・、原告に向かっていき、原告の身体を掴む行為は部下に対する指導の範囲を逸脱したものと評さざるを得ない(仮に原告が先にdを掴んだとしても原告から離れるように努めるなら格別、掴み返す行為は積極的に応戦したものと評さざるを得ない。もとより原告についても同様に応戦したものと評さざるを得ない。)。そのような状況を踏まえると、原告がdの身体を掴んでもみあいになった点について原告のdに対する有形力行使とみる余地があるとしても、この点を捉えて、懲戒解雇事由として就業規則66条1号が規定する『他の従業員に対し暴行…を加えることにより職場の秩序、風紀を乱した』に当たるとまでいうことはできない。

3.懲戒解雇だから否定された?

 本裁判例の読み方として、懲戒解雇という重大な処分を科したから、その効力が否定されたという理解の仕方が考えられます。

 しかし、裁判所は、

「有形力行使とみる余地があるとしても、この点を捉えて、懲戒解雇事由として就業規則66条1号が規定する『他の従業員に対し暴行…を加えることにより職場の秩序、風紀を乱した』に当たるとまでいうことはできない。」

と判示しています。つまり、有形力行使(暴行)があることを前提としたうえで、それでも、本件は、

「他の従業員に対し暴行…を加えることにより職場の秩序、風紀を乱した」

場合には該当しないと述べています。

 有形力行使をしていたにもかかわらず、

「他の従業員に対し暴行…を加えることにより職場の秩序、風紀を乱した」

と定める懲戒事由に該当しないとすれば、その理由は、

「職場の風紀を乱した」

とは認められないことに求めるよりほかありません。

 そして、

「職場の風紀を乱した」

ことに該当しなければ、懲戒事由への該当性それ自体が否定されることになるため、懲戒解雇だけではなく、凡そ懲戒処分を科すること自体が許容されません。

 言い分が食い違っていて経緯・態様を厳密に認定することのできない職場内での暴行を問題にする事件は、実務上、決して少なくありません。

 本裁判例は、そうした事案において、立証責任に忠実に、労働者側に不利益な処分を科するべきではないと主張して行くにあたり、活用できる可能性があります。