弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身体的接触を理由とする懲戒処分が否定された例

1.広範な「暴行」の定義

 刑法208条は、

暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

と規定しています。

 ここで規定されている「暴行」とは「人の身体に対する不法なる一切の攻撃方法」をいい、電車に乗ろうとする人の被服を引っ張る行為まで該当すると理解されています(大審院第三刑事部判決昭8.4.15大審院刑事判例集12-5-427参照)。

 こうした例からも分かるとおり、「暴行」の概念は極めて広範です。そのため、身体的接触があったことは、使用者が煙たい労働者に対して懲戒処分を行う理由として使われがちです。犯罪に該当する強い違法性を有する行為に及んだとのことで、使用者側が非難しやすいからです。

 しかし、理論的に暴行罪が成立するからといって、被服を引っ張った人が全て起訴・処罰されているかというと、そのようなことはありません。非常に軽微な有形力行使に関しては、起訴どころか、事件として取り上げられること自体、あまりありません。

 このことは、民事的に懲戒処分の効力を議論する場合にも、あてはまります。理論的には犯罪が成立し得るにしても、重い懲戒処分を科すことが正当化されることはありません。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた、那覇地判令3.7.12労働判例ジャーナル115-22 国・法務大臣事件からも読み取ることができます。

2.国・法務大臣事件

 本件は、国に雇用され、米軍基地において従業員として勤務していた原告12名が、出勤停止制裁措置の無効確認と、これにより減額された給与等の支払いを求め、国を提訴した事件です。

 身体的接触を理由とする懲戒処分の可否との関係で重要なのは、原告12に対する処分(本件処分〔2〕)です。

 原告12は、

「従業員は、在日米軍施設及び区域内においては、乱暴な、若しくは騒がしいふるまい、争闘、ストーカー行為、いじめ、職権の乱用(パワーハラスメント)、脅迫、他人に対する傷害、権限あるものに対する肉体的抵抗、暴行又は無礼な、乱暴な、若しくは攻撃的な言葉を口にすること及び口論をし、又は口論を先導することは固く禁止される。」

との服務規律に違反したとして、次の行為を理由に、3労働日の出勤停止処分を受けました。

「原告12は、キャンプ瑞慶覧内のフードコート『AAFES』に出店しているファーストフード店『タコベル』の食堂支配人(店長)として勤務していたところ、平成30年8月10日午前7時頃、部下である米国人従業員(以下『従業員A』という。)から、事故に遭ったので出勤が遅れる旨の電話連絡を受けた。」

「その後、原告12は、同日午前10時頃、前記『タコベル』隣の駐車場に従業員Aの車両が停車しているのを発見したことから、車両の損傷状況を確認したが、事故に遭ったような形跡はなかったため、従業員Aに注意した。これを受けた従業員Aが、『Sick Leave(病休)』と告げて早退しようとしたことから、原告12は、『Please wait(待ってください)』などと言いながら、従業員Aの身体に触れた。これを受けた従業員Aは、原告12に対し、『F**k off(うせろ)』と答えるとともに、体に触れないよう言って、原告12の手を振りほどき、自車に向かった。(なお、後記のとおり、原告12が従業員Aの腕をつかんだか否かについて争いがあるものの、原告12が従業員Aの身体に触れたことは争いがない。)」

「従業員Aが自車に乗り込んだ後、原告12は、同車の運転席横に立ち、従業員Aの肩に手を置いて、仕事に戻るよう要請した。」

 この事案において、裁判所は、次のとおり判示し、原告への出勤停止処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、原告12が、従業員Aとの関係で、概ね、被告が主張するとおりの行動をとったことが認められる・・・。」 

「しかしながら、証拠・・・によれば、原告12を補佐する副店長の地位にあった従業員Aが交通事故に遭ったとの理由で遅刻してきたところ、その後まもなく、原告12は、従業員Aが普段から使用している車両を普段駐車する場所ではない場所に駐車しており、かつ同車両には交通事故に遭ったことをうかがわせる損傷が見当たらなかったことを知るに至り、そのため、フードコートマネージャーにその旨を説明し、同人から、従業員Aの車に何が起こったのか尋ねるようにとの指示を受けた上で、従業員Aに対し事実を問い質したものの、従業員Aはこれに怒り、帰宅するため車両に乗り込もうとしたことから、これを阻止しようとして上記行動に出たものであることが認められる。」

「上記のとおり、原告12は、副店長の地位にあった従業員Aの不審な言動についてフードコートマネージャーに報告した上、従業員Aの車に何が起こったのか尋ねるようにとの指示を受け、従業員Aを問い質したところ、従業員Aが突如怒って車両に乗って帰宅しようとしたことから、原告12がこれを制止しようとして、被告が違反行為に該当すると主張する身体的接触に及んだものであるから、原告12の行為は、店長としての職責に基づく部下の管理・監督のためにされたものとして、業務上の必要性が認められる。他方、従業員Aは、原告12から遅刻の原因について虚偽の説明をしたのではないかと疑われているのであるし、仮に遅刻したことについて虚偽の説明をしたのであれば重大な職務行為違反であると考えられることからすれば、従業員Aとしては、上司である原告12に対し、遅刻の理由等について誠実に説明する職務上の義務がある。それにもかかわらず、従業員Aは、原告12に対して何ら合理的な説明をしないまま、上司である原告12の許可も得ないで車両に乗り込んで帰宅しようとしているのであるから、原告12がこれを阻止することはその職務行為に基づく合理的な対応というべきであり、その際、原告12が従業員Aの腕をつかむことも、それが社会通念上相当とみられる程度を超えないものである限り、従業員Aの合理的な理由のない帰宅を阻止するためにやむを得ない行為であったというべきである。そして、原告12による従業員Aに対する身体的接触も従業員Aの左腕をつかんだり、その肩に手を乗せたりしたというにとどまるのであって、結果的に、従業員Aが原告12の制止を意に介さずに帰宅していることからも、原告12の従業員Aに対する身体的接触が強い拘束を伴うものでなかったことが明らかである。」

「そうすると、原告12が従業員Aを制止するに際して多少の身体的接触があったとしても、その目的及び態様が上記のとおりのものであったことを踏まえれば、社会通念に照らして必要やむを得ない範囲にとどまるものであったと解されるから、本件における原告12の従業員Aに対する行動をもって、『11a 生産性、規律又は士気に悪影響を及ぼす攻撃的な言動』に該当すると評価することはできず、本件処分〔2〕は、制裁措置の事実の基礎を欠くこととなるから、無効というほかない。

「この点につき、被告は、IHAにおいて制裁措置の対象となる『秩序を乱す行為』のうち、『11a 生産性、規律又は士気に悪影響を及ぼす攻撃的な言動』は『乱暴な、又は騒がしいふるまい』などをも含む広い行為を制裁措置の対象としていること、他人の意に反する不必要な身体的接触は『セクシャル・ハラスメント』の観点からも容認されないことなどを指摘した上で、原告12が、従業員Aを口頭で問い質すにとどまらず、腕をつかんでまで説得を継続することは、業務遂行上必要な行為ではなく、正当化されないと主張する。」

「しかし、『11a 生産性、規律又は士気に悪影響を及ぼす攻撃的な言動』が幅広い行為を制裁措置の対象として規定しているとしても、他人の意に反する身体的接触があった場合には、いかなる場合であってもこれに該当すると解することは相当ではなく、前記のとおり、他人の意に反する身体的接触であっても、それが社会通念に照らして必要やむを得ない範囲にとどまる場合には、これに該当しないと解するのが相当であるから、被告の上記主張は採用できない。」

「また、仮に『11a 生産性、規律又は士気に悪影響を及ぼす攻撃的な言動』が定める行為の範囲が極めて広範であり、本件における原告12の行動もこれに含まれるとしても、原告12が従業員Aを制止しようとして腕をつかんだ行為は、その違反の程度が軽微であり、懲戒処分の対象とするには不適当であると考えられる上、原告12の上記行動に対し、4種の制裁のうち、解雇に次いで重い処分に位置付けられる出勤停止をもって臨むことは、たとえそれが3日間にとどまるものであるとしても、その行為の性質及び態様等に照らして社会通念上相当であるとも認められず、本件処分〔2〕は、かかる観点からしても無効の評価を免れない(労働契約法15条)。

3.身体的接触の類型であるからといって、過度に委縮する必要はない

 一般の方の中には、殊更身体的接触の悪性を指弾されたり、暴行罪に該当すると言われたりすると、萎縮してしまう方も少なくありません。また、専門書にも普通解雇の可否との関係で「暴行等については、企業秩序や使用者に与える損害が明白であるため、1回限りの行為であっても、その重大性によっては、教育・指導による改善の機会を与える余地なく、解雇有効とされる場合がある」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕396頁参照)などと、その悪性を強調する記述がみられます。

 しかし、上述のとおり、理論的に暴行罪の成立する範囲は極めて広いため、暴行罪に該当し得るというだけで、いかなる刑事上、民事上の責任も甘受しなければならないわけではありません。凡そ起訴価値のないものは刑事事件にはなりませんし、行ったことに見合わない強い懲戒処分は無効になります。

 そのため、直観的に疑問に思うような懲戒処分を受けた場合には、暴行・身体的接触を伴う事案であったとしても、争える余地がないのかを、弁護士に相談してみてはどうかと思います。