弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

調査・聴取段階で労働者が自分のパワハラを認める発言をしていたという使用者側証人の供述の信用性が否定された例

1.パワーハラスメントに対する調査・聴取

 パワーハラスメントの被害申告を受けると、使用者は「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」になります。

 これは、令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」で、そのような措置をとることが求められているからです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 しかし、民間の事業者がやるためか、この事実関係の調査の精度、水準には、かなり大きなばらつきがあります。中には適切な調査が行われたのかが疑問に思われるような状況であるにもかかわらず、加害者と名指しされた方に、配転・懲戒処分など、ハラスメントが存在したことを前提とする対応が行われているケースも散見されます。そのようなケースでは、加害者扱いされた方に強い不満が生じ、しばしば労使紛争が発生します。

 こうした労使紛争では、ハラスメントを認定する根拠となった事実調査の在り方が問われることが少なくありません。

 この問題に関連し、近時公刊された判例集に、「事情聴取段階ではパワハラを認めていた」という使用者側証人の供述の信用性が否定された裁判例が掲載されていました。松山地判令5.1.31労働判例ジャーナル135-68 社会福祉法人宇和島福祉協会事件です。事実認定に関する議論の参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.社会福祉法人宇和島福祉協会事件

 本件で被告になったのは、

障害者支援施設の経営等を目的とする社会福祉法人(被告法人)、

被告法人の臨時職員であり、原稿の部下として勤務していたC(被告C)

の二名です。

 原告になったのは、被告が経営する障害者支援施設の施設長を務めていた方です。被告Cに対してパワーハラスメント(パワハラ)を行ったとして訓戒処分を受け、更に別の施設の事務局長補佐へと配転命令を受けたことについて、慰謝料や配転先で勤務する義務がないことの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告はパワハラ行為を行っていないと主張しましたが、被告側証人である被告理事Fは、事情聴取の際に原告が「そういうことがあったかもしれない」などとパワハラ行為を一部認めていたと供述しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、Fが供述する原告の言動の存在を、事実として認定しませんでした。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・に関し、Fは、その証人尋問において、原告が、令和3年2月24日午後5時頃から行われたBとFによる事情聴取の際には、本件各パワハラ行為のうち、被告Cを正職員に登用しないという趣旨の発言及びだらだら仕事をする人は職場にふさわしくないというような趣旨の発言については、『そういうことがあったかもしれない』などと一部認めていた旨供述する。」

「しかし、前記聴取の時点では、既に被告Cの訴えにより、被告法人内で原告のパワハラが問題となっていたのであるから、被告法人内の今後の方針決定等に当たり、加害者とされる原告の認否は重大な事実であり、原告自身が事実を認めていたのであれば、その旨メモ等残すのが自然であるにもかかわらず、同日の原告の聴取結果を裏付ける書面は何ら見当たらない。

「また、原告は、Fが同日の午前10時頃に単独で事情聴取をした際にも、前記発言を認めておらず、その三日後に当たる同月27日の第三者委員会においても、『なめとることない』という発言以外すべて否認している。そうすると、原告が、同月24日午後5時頃の理事長であるBが同席した際の聴取のみ前記発言をしたことを認めていたという話自体やや違和感がある。」

以上によると、Fの当該供述は、裏付けに乏しく、前後の原告の供述や被告法人の対応等から不自然であるといえ、これにより、原告が、同月24日午後5時頃の事情聴取の際に、一部パワハラともとれる発言をしたことを認めていたとは認定できない。

3.メモすら残っていないのは不自然

 裁判所は、メモ等が存在しないことを不自然だと指摘し、これを使用者側の主張する言動が認められないことの根拠として位置付けました。

 事情聴取の際の言動や、手続的な適正さが問題になる場合、労働者側はしばしば使用者側が所持しているであろうメモ等の提出を求めます。メモ等の痕跡を基に使用者側の主張を弾劾するためです。これに対し、使用者側から、メモ等の不存在が主張されたり、提出の必要性が争われたりすることは、実務上少なくありません。

 裁判所が示した経験則は、同種事案の処理の参考になります。