弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

第三者委員会の判断に従っただけだという使用者側の責任転嫁的な弁解が認められなかった例

1.第三者委員会は恣意性を覆い隠す温床になっていないだろうか?

 第三者委員会とは、

「直接の利害をもたない中立的な第三者によって構成される委員会」

をいいます。その任務については、

「官公庁、企業などで不祥事が発覚した場合に設置され、調査報告書の作成などを行う。メンバーは、企業法務に詳しい弁護士や公認会計士などのなかから選ばれることが多い。ただし、当該企業をおもんぱかって委員会メンバーが手心を加えることもあり、踏み込み不足の調査報告書になることが多い。

などと理解されています。

第三者委員会(だいさんしゃいいんかい)とは? 意味や使い方 - コトバンク

 労働事件を処理していると「第三者委員会」的な機関を目にすることは少なくありません。その典型はハラスメントを理由とする懲戒処分が関係する場面です。被害者側とは区別されたハラスメント委員会・懲戒委員会といった組織に、ハラスメントを構成する具体的事実の認定や処分量定について意見を出させるといったように活用します。

 しかし、労働者側から「第三者委員会」的なものを見ていると、本当に第三者性を帯びているのか首を傾げたくなるような事案を目にすることが少なくありません。特定の結論ありきで、調査は形だけといった事案は、私が個人的に経験した範囲だけでも相当数あります。

 こうした形骸的な調査しかしていない第三者委員会意見、使用者側の判断は、しばしば裁判所の判断で覆ります。そうした時に、使用者に判断の杜撰さを指摘すると、定型句のように、

「結果的に判断が誤っていたとしても、第三者委員会(ハラスメント委員会・懲戒委員会)のもと適正な調査、審議を経て処分を行っており、過失はない」

という反論が返ってきます。

 第三者委員会に責任を転嫁するような主張には辟易としていたのですが、近時公刊された判例集に、上述のような使用者側の弁解が排斥された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、松山地判令5.1.31労働判例ジャーナル135-68 社会福祉法人宇和島福祉協会事件です。

2.社会福祉法人宇和島福祉協会事件

 本件で被告になったのは、

障害者支援施設の経営等を目的とする社会福祉法人(被告法人)、

被告法人の臨時職員であり、原稿の部下として勤務していたC(被告C)

の二名です。

 原告になったのは、被告が経営する障害者支援施設の施設長を務めていた方です。被告Cに対してパワーハラスメント(パワハラ)を行ったとして訓戒処分を受け、更に別の施設の事務局長補佐へと配転命令を受けたことについて、慰謝料や配転先で勤務する義務がないことの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件ではパワハラ行為が認定されず、訓戒処分、配転命令のいずれも無効だと判断されました。

 慰謝料請求に関していうと、被告法人は、例によって、

「本件訓戒処分及び本件配転命令は、第三者委員会の意見を踏まえて行われたものであって、何ら過失のない有効なものであるから、被告法人は、不法行為責任を負わない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告法人の不法行為責任を認めました。

(裁判所の判断)

「前記のとおり、原告の被告Cに対する本件各パワハラ行為があったとは認められないことからすると、これがあったことを前提に被告法人が行った本件訓戒処分及び本件配転命令は、根拠を持たない無効なものであり、かつ、原告の人格的利益を侵害するものとして違法性を有する。」

「また、本件訓戒処分及び本件配転命令を行うに当たり、本件各パワハラ行為について加害者とされる原告と被害者とされる被告Cの主張が食い違っているのであるから、被告法人には他の第三者の話を聞くなど裏付け調査を尽くす義務があるにもかかわらず、このような調査を行わず、被告Cの主張が信用できる旨即断して本件訓戒処分及び本件配転命令を行っているのであるから、被告法人には前記義務に違反した過失が認められる。」

「したがって、被告法人は、原告に対して本件訓戒処分及び本件配転命令をしたことについて、不法行為責任を負う。」

被告法人は、本件訓戒処分及び本件配転命令は第三者委員会の意見に従ったものであるから、被告法人は不法行為責任を負わない旨主張する。しかし、第三者委員会自体、被告C供述以外に特段の証拠がないにもかかわらず原告の本件各パワハラ行為を認定しており、調査義務を十分に果たしているとはいえないし、第三者委員会に同席していたBやFも当然にそのことを認識し得た。また、そもそも第三者委員会の委員を誰に依頼し、その調査結果をどのように評価して用いるかという点は、最終的に被告法人がその責任において決定すべきことであるから、第三者委員会に依頼し、その結果に従ったというだけで調査義務が果たされることにはならない。したがって、被告法人の前記主張は採用することができない。

(中略)

「前記のとおり、被告法人が調査義務を果たさず安易に本件訓戒処分及び本件配転命令を出したことにより、原告は、本件各パワハラ行為をしたとは認められないにもかかわらず、これをしたと認定され、不当にその人格的利益を侵害されるとともに、業務上の必要性なくしてフレンドまつのの施設長から豊正園の事務局長補佐への異動を余儀なくさせられ、当該異動により役職手当が1万円減額されたこと、本件各パワハラ行為が問題となって以降、原告はストレス障害を発症し、不安、不眠等の症状が出ていること・・・などからすると、被告法人の不法行為により、原告は、相応の精神的苦痛を被ったことが認められる。これらのことに併せ、他方で本件訓戒処分の無効確認や本件配転命令に基づく就労義務がないことの確認がされることにより一定の被害回復が図られることなど本件における一切の事情を考慮すると、原告の前記精神的苦痛を慰謝するのに必要な額については、これを70万円の限度で認めるのが相当である。」

3.第三者委員会に依頼し、その結果に従ったというだけで調査義務が果たされることにはならない

 上述のとおり、裁判所は、

「第三者委員会に依頼し、その結果に従ったというだけで調査義務が果たされることにはならない」

として被告法人の過失を認定しました。

 述べられていることは至極常識的なことですが、安易に第三者委員会に責任を転嫁することが許されないことを示した裁判例として、実務上参考になります。